第14話 ユキと鉄

 鉄はあぁだこうだ言って逃げようとしていたが、おばあちゃんは半ば強引に鉄とユキをくっつけようとしていた。

 ユキもまんざらでもないのか、さして抵抗はせず、下を向いたまま恥らうくらいだった。

 結局、おばあちゃんの強引さに勝てず、明日出かけることが決まった。

 鉄は何度も柱にぶつかり、その度にユキは恥らうように下をむいた。

 おばあちゃんはいたずらっぽくそんな二人を眺めていた。


 翌日、鉄は玄関先でオロオロとうろついていた。

 おばあちゃんがそんな鉄を見つけ、アパートの中に招き入れた。

 鉄はユキと二人っきりがよほど緊張するのか、しきりにおばあちゃんの同行を望んだ。

 おばあちゃんはそんな鉄を見て可笑しそうに笑った。

 そうこうしている間にユキが支度を終え部屋から出てきた。

 鉄は驚愕した。

 いつもはスッピンに近いユキが薄化粧をして、束ねていた髪をおろしている。あまり飾り物もつけないユキがネックレスとイヤリングをしていた。

 鉄と眼が合うと恥らいながら下をむいた。

 その仕草がなんとも初々しく、より美しく見えた。

 鉄は卒倒した。

 おばあちゃんはお腹を抱えて笑った。


「あらあら鉄さん、ユキがいつも以上に綺麗だもんで倒れちゃったわ、うふふふふ」


 介抱しながらも可笑しくて仕方がないようだった。

 眼が覚めた鉄はロクにユキを見れず、文句を言った。


「これじゃあ蝶々とダンゴ虫だよ! 俺っちみたいなヒョロヒョロが一緒じゃあユキさんが笑われちまうし可哀相だよ!」


 ユキの顔をロクに見れないまま、しきりとまいったなぁ、と連呼していた。

 ユキはもしかすると鉄以上に緊張しているのかもしれない。

 鉄が言葉を発する度に赤面していた。

 そして二人は一緒に外に出た。


 鉄はユキと連れ立って駅にいき、電車にのった。

 鉄は周囲の人が自分とユキが不釣合いだと思っているに違いないと感じて小さくなった。

 それに女性と二人で出かけるのは初めてだったので、終始緊張した。


「ユキさん、俺っちみたいなのに気を使ってもらって……。申し訳ねぇ。俺っち、女性と一緒に出かけるのも初めてだもんで。何をどうすりゃいいのか。まいったな。ホレ、見てくれよ、手汗ビッショリだ、チェッ」


「あら、本当。でも、私も緊張してるのよ。いい大人が二人揃って緊張して……、まるで高校生みたい。可笑しいわね」


 ようやくユキが笑った。

 ユキが笑ったことで鉄も多少リラックスできたものの、相変わらずまともにユキの顔を見れなかった。


 電車を降りて、映画館までは歩くことにした。

 歩道は人でごった返し、ともすればはぐれそうになった。

 それに気づいた鉄はユキと離れないように人ごみを抜けるまで守るようにして歩いてくれた。

 鉄は人通りが落ち着くと、自然とユキとの距離も遠ざかった。

 そのままでいいのに、と思ってしまった自分にユキは驚いていた。


「映画って急にいわれたもんで、ロクに調べてもないんだけれども……。どういう映画が見たいんだい?」


「鉄さんは?」


「俺っち? そうだなぁ、愉快なのがいいなぁ。あんまり怖いのはちょっと困るなぁ」


「どうして?」


「うーん……。チェッ、チェッ、ばあちゃんには内緒だぜ? 俺っち、夜寝れなくなっちまうんだよ……。チェッ」


「まぁ、怖い映画見ると?」


「うん……」


「じゃあ今日はホラーで決まりね!」


 鉄が失敗した、という顔をしたので、ユキは楽しそうに笑った。

 あぁだこうだと言っては他の映画を見ようと頑張ったが、結局無駄だった。

 タイミングよく特別怖いと言われた日本のホラー映画が上映しており、鉄はユキと一緒にそれを見る事になった。


 映画がはじまり、怖いシーンになると鉄は両方の手すりをガッツリつかんで力をこめた。

 時折鉄の『あぁっ』とか『うぅぅ』という声が漏れた。

 女性の前で声を上げちゃいけない、怖がっちゃいけないと頑張ろうとしている鉄の健気な努力が見て取れた。

 ユキはそんな鉄の側で大きな声で驚き、顔を伏せりした。


 映画が終わるとユキは可笑しくて可笑しくて、お腹を抱えて笑っていた。

 鉄がアゴの調子がおかしくなった、というのだ。


「頑張ってたモンで、どうも、アゴの調子が悪くなった。これじゃあ化け物の方が逃げちまうよ」


 これをキッカケにユキの緊張がだいぶ取れた。

 そうなると、あれが見たい、これが見たいと鉄を引っ張りまわした。

 鉄は宝飾類も、女性服の店も、横文字で書かれたお洒落な甘味屋も初めてで、ユキの後ろをついていくので精一杯だった。


 これどうかしら? と言われても、眼をまんまるくして、おったまげるなぁ、だの、初めて見る、だの素っ頓狂な返答しかできなかった。

 甘味処で食べたアイスクリームは鉄を驚愕させるに十分で、思わずアゴがなおった、と言った。

 ユキは終始可笑しそうに笑っていて、それが鉄には不思議で仕方なかった。



 その日以降、何度か映画に行ったり、公園に行ったり、買い物に行ったり、おばあちゃんも連れてピクニックにも行くようになった。


 ユキは無論鉄が好きだった。

 ぶっきら棒でヒョロヒョロで少しオドオドして困っている鉄。

 だけど鉄には何ともいえない純粋さがあり、まっすぐで、信頼できる人だと思っている。

 おばあちゃんを助けたからじゃない。


「なんでだろう……」


 ユキは時折、鉄の魅力について考える。

 そしてこうやって鉄のことを考える時間が少しづつ増えていることだけは事実だった。


 鉄と一緒に街に出た時などでもそうだ。

 電車やバスでお年寄りに席をサッと譲る。

 誰かが何かを落とすとサッと拾う。

 それをまるで当たり前のことのような顔をしてやるのだ。


 だがユキに対しての好意の表現は下手だった。


 一度だけ鉄が帰り際に勇気を振り絞って何かを言いかけた。


「ユ、ユ、ユキ、さん……」


「え?」


「お、お、お、俺っち……ユ、ユ、ユキさんのことが……」


 と言いかけた途端、肩にトンボが止まった。

 鉄とトンボはしばらくにらめっこしている。

 ユキはおかしくておかしくてもう笑いが止まらなかった。


 あの時鉄は何をいいかけたんだろう。

 だけどあのタイミングでトンボが肩に止まるなんて。鉄さんらしい。


 それだけでユキはおかしくなってしまうのだった。


 鉄はユキを見ると恥ずかしそうに微笑みかけてくれる。

 ユキはそんな鉄を見ると気持ちの高揚を抑えられなくなってきたのだった。


 そんな二人に変化が訪れたのは、初デートから半年後だった。

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