第10話 追及
ユキは不覚にも笑ってしまった。
しかし、もう一度気を引き締めて、鉄に問詰めた。
「あなた、誰?」
鉄は眼を見開き、か細い声で答えた。
「明星工業に勤務している鉄といいます。」
と素っ頓狂な回答をした。
「鉄さん。あなた、なぜここにいるの? おばあちゃんとはどういう関係?」
ユキの冷めた問いに鉄はジリジリと追い詰められていくのを感じた。
「俺っち……、ばあちゃんが心配で……、様子を見に来ているうちに……、仲良くなっちまって……。申し訳ねぇ」
みるみる小さくなっていく鉄を見かねたおばあちゃんが、慌てて二人の間に割り込んできた。
「ユキや! めてちょうだい! 鉄さんは命の恩人なのよ!」
「えっ?」
「私はね、餓死するところだったのよ」
ユキは驚いた。
おばあちゃんが……餓死?
ま、まさか……。
「本当よ。電気もガスも止まってね……。食べるものもなくて、ただただ死を待って寝てるだけだったのよ……」
ユキは愕然とした。
母は本当におばあちゃんを見捨てていたのだ。
でも……。
おばあちゃんにはおじいちゃんの残した貯蓄もあるし、年金だって貰っているはずでは……。
「……いや、ばあちゃん……。俺っち、帰るよ。チェッ、チェッ、俺っちみたいなのがばあちゃんの家にしょっちゅう来てるのは確かにおかしいしよ。お孫さんも戻ってきたんだし、ご家族が怪しまれるのも当然だよ……。チェッ、チェッ、チェッ。お邪魔しました……」
そう言うと鉄はサッと踵を返して、玄関に向かった。
「まって、まだ疑いは晴れていないわ。帰るのは罪を認めるのと同じよ。帰らないで」
ユキはピシャリと言い放った。
鉄はさらに小さくなって、動きを止めた。
ユキはおばあちゃんに言った。
「おばあちゃん、ごめんね。でも、私、納得できないの。だから、この人からちゃんと話を聞かせて? おばあちゃんも一緒に聞いて欲しい。もし、この人に後ろめたいところがなければ、私にもきっとわかると思うから」
おばあちゃんはしぶしぶ頷いた。
そして鉄を見て言った。
「鉄さん、あんたは良い人だから胸を張って、本当のことを言って頂戴!」
それを遮るようにユキは切り込んだ。
「どうやっておばあちゃんと出会ったの?」
「……うん。俺っち……、人の家に勝手に上がり込む癖があって……。今では反省しているし、もうやってないんだけれども……。たまたまばあちゃんの家が留守みたいだったんで……。つい、入っちまったんだ……。そしたら寝たきりのばあちゃんがいたのさ……。チェッ、チェッ、ついてねぇって思ったよ」
ユキはやっぱり、と思った。
勢いがついてさらに切り込んだ。
「どうしておばあちゃんを助けようと思ったの?」
「うん。そうなんだよなぁ……。俺っちも時折考えるよ……。どうしてだろうなって。わかんねぇけんだけど……。やっぱり……」
「やっぱり?」
「うん。やっぱり……。ひとりぼっちだったからじゃねぇかなって思うんだ」
「えっ?」
「誰も帰ってこないっていうからさ……。まさかユキさんみたいな人がいるとは思ってもみなかったしさ……。だって知り合いや家族がいたら……あそこまで放っておかねぇじゃねぇか。電気も、ガスも止まってさ……。もしばあちゃんがあのまま死んでしまったらさ……。最後に見つけたの俺っちだろ? そんな寝つきの悪いことはできえねぇよ、やっぱりさ」
ユキは痛いところを突かれたと思った。
家族は私と母がいる。なぜそこまで放っておいたのか、と逆に問詰められているような気がした。
「でも、もう元気になったんだから、確かに俺っちは不要だったな。それをばあちゃんの好意に甘えちまって……。外聞も考えずに、申し訳なかったよ。チェッ、チェッ、ちょっとばかり、嬉しくなって勘違いしてたんだ。すまねぇ……。明日から俺っちは来ねぇから……。心配しなくていいよ。一応、疑われて逃げるようで嫌だから名刺と住所と電話番号置いていくよ」
そう言うと鉄は名刺の裏に住所と電話番号を書いた。
そしておばあちゃんに向かってなんとも言えない寂しい笑顔でペコリと頭を下げた。
「鉄さん、待って頂戴!」
おばあちゃんはたまらず声をかけた。
しかし、鉄は逃げ帰るように出て行った。
無事にアパートの外に出ると、尚更自分が惨めになった気がした。
あんな美人に疑われた恥ずかしさと、勘違いして良い気になってた事、おばあちゃんの好意に甘えていた自分とがどうにもやりきれなくて、早くあの家から遠ざかりたかった。
世間から見たら自分がどれほどいかがわしいのか、ちゃんと気づいておくべきだった。
年寄りの一人暮らしの家に俺っちみたいな男が入り込んでいれば、年金狙いの悪徳商法だと思われたって仕方がなじゃないか。
それに気がつかないなんてどうかしてるってもんだよ……。チェッ……。
鉄は悔しくて自分の家まで一目散で駆けていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます