第7話 理由
鉄は台所で洗い物をしながら素っ頓狂な歌をうたっている。
それだけにおばあちゃんは不思議でたまらなかった。
テキパキとした姿勢、飾りっ気のない会話、決して自分を特別だと思わない心。
どうしてこんな立派な子が他人の家に勝手に入ってたんだろう。
おばあちゃんは思い切って聞いてみることにした。
「鉄さん、鉄さん」
「なんだ、ばあちゃん。俺っち、もうすぐ洗い物も終わるしすぐそっち行くから待ってな。チェッ、チェッ、チェッだぜ。あらよっと」
鉄の陽気な声におばあちゃんは聞くことをためらいそうになった。
しかし、気持ちを奮い立たせてちゃんと話をしようと決めた。
そうしているうちに洗い物をおえた鉄がおばあちゃんの側にチョコンと座った。
おばあちゃんは少し怖い顔をして切り出した。
「鉄さん。お金、ないのかい?」
「なんでぇ、藪から棒に! チェッ、俺っち、貯蓄はそれほどねぇけど一応働いてるし、まぁ今の俺っちには生きていくには困らねぇ程度の収入はあらぁな」
「…………」
おばあちゃんは不思議だった。
お金にも困っていないのにどうして……。
「では、あれかい? 悪い組とかに入っているのかぃ?」
「ワハハ! バカ言っちゃあいけねぇぜ、俺っちみてぇなヒョロヒョロの薄らトンキチがどっかの組になんか入れるもんけぇ! 入れたとしても俺っちのほうでお断りってなもんよ、ワハハ!」
「…………」
ますますわからなくなった。
「もしかするとあれかい? 悪い女にでも捕まってるのかい?」
「ばあちゃん、悪い冗談だぜぇ。俺っち、こうみえても顔の悪いのと、女性とうまくしゃべれねぇのには自信があるんだ。こんな俺っちに『あら素敵』って近寄ってくる奴なんざぁ、さしずめ別な目的がある奴に決まってらぁな。チェッ、チェッ、チェッ、いったいぜんたいどうしたんだいばあちゃん」
「…………」
おばあちゃんはますますわからなくなった。
こうなってはもう単刀直入に聞いてみよう、と思った。
「鉄さん、どうして、泥棒なんかしてるんだい?」
鉄は度肝を抜かれた。
「ど、泥棒? 俺っちが? あ、そうか、人の家に勝手に入るんだから……泥棒か。そりゃ、そう思われても仕方ねぇ。あれ? そういやぁ、俺っち、なんで人の家に勝手に入るような真似してんだろう……。あれ?」
鉄は人の家に勝手に入るので厳密には不法侵入だが、時折鍋にある余りものを食べたりするのでやっぱり泥棒なのかもしれない。
しかし、自分がどうしてそういう真似をするのか、という事について一度も考えた事がなかった。
改めて問われて激しく動揺した。
「どうしてっても、困るなぁ……。別にお金を盗むわけでもねぇし……。他人の家を見ると時折無性に様子を見たくなるんだ……。なんでだろうなぁ……」
「鉄さん、人様の家に勝手に入ってはいけませんよ。鉄さんは立派ですが、それはダメです」
「う、うん……」
鉄は驚いた。
鉄は今まで自分のしている事を咎められたことはなかった。
しかし、おばあちゃんが咎めつつも哀しい眼を見ていると、なんだか本当に申し訳ない気持ちになった。
「鉄さん、人様の家に勝手に入るのは、いけないことですよ。たまに何か取ったりしてませんか?」
「う……、たまに晩御飯とか持って帰るかな?」
「いけません。人様の家に勝手に入って、持って帰るのは泥棒ですよ? 鉄さん、もう泥棒はしないって約束してくださいね?」
おばあちゃんは穏やかに、凛として鉄を諭した。
「そうだな。悪いな。泥棒はダメだ。うん、わかったぜ! 俺っち、もう泥棒はやらねぇよ! 本当さ! もう人の家に勝手に入ったりしねぇよ。特にやる必要もねぇんだし。そうだな、辞めよう!」
おばあちゃんは喜んで思わず手をパチンとひとつ叩いた。
「それがいいですよ。そしたら鉄さんは立派なんだから」
鉄はムズかゆい顔をしながら言った。
「テヘヘ。そう言うなって。まぁ立派かどうかはさておき、俺っち、泥棒はやめるよ。本当だ、約束だぜ! ばあちゃんに会ってから一度だってやってないしさ……、うん、辞めれると思う。俺っち、嘘をつかねぇのが取り柄だって班長に言われてるから心配ねぇぜ! じゃあそろそろ俺っちは帰るよ! じゃあなばあちゃん」
鉄は帰った。
鉄は帰路につくとよくよく考えてみた。
人様の家に勝手に入っちゃならない。
人様のモノをとっちゃならねぇ。
言葉としてはわかってるんだが、まさか自分が何気なくやっていることが泥棒ってことだったなんてなぁ……。
ばあちゃんと出会ってからは一度だってやってない。
本当にやる必要がなくなったのかもしれない。
万が一、俺っちが捕まりでもしたらばあちゃん悲しむに違ぇねぇ。
もうやめよう。
ばあちゃんときたら俺っちが『立派』だと真っ向から信じてるんだから捕まったら申し訳ねぇしな。
しかし、まったくのところ世間知らずってなもんだぜ。
でも悪い気はしねぇな、、へへへ。
今年の夏はばあちゃん連れてカブト虫でも捕りにいくか!!
鉄はおばあちゃんが諭してくれたことが少し嬉しかった。
そして心から泥棒を辞めようと思った。
それから数ヶ月、鉄とおばあちゃんは日々楽しく過ごしていた。
鉄は早くに母を失くしたので、まるで母に会えたような気がしたし、おばあちゃんは死んだ息子の面影をみるようであった。
鉄は平日は朝と夜に顔をだす。
土、日は終日一緒にいることが多かった。
おばあちゃんも買い物程度は歩けるようになった。
鉄は根気強くおばあちゃんの回復を待ったし、
おばあちゃんも自然に体が回復していくのを感じた。
そんな二人に変化が起きたのは、冬が過ぎて春が着た頃だった。
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