第4話 不安

 鉄は考えた。

 一人きりの寝たきり老人……。


「あれ、布団から出れねぇばあさん、あれ? その、ばあさんにあんまり寝てばっかりもダメだぞってのも変だな……。チェッ」


 鉄はおばあさんの身の上が少々不安になってきた。

 もしかしたらこのばあさん、このまま死んじまうかもしれねぇな。

 よく新聞に老人が1人で死んでいた、ってあれか? 


 鉄はゾッとした。

 まさかな……。


 一方、おばあちゃんは鉄の動きが止まったことで不安が強まった。

 もしかして、気が変わって私を殺す気なのでは……。。


 「あ、あのな、ばあさん、この家、誰か帰ってくるのかい?」


「…………」


 「こ、こねぇよな……。ばあさん、あのな、少々聞くがな……、飯は、食ってるのかい?」


「…………」


 鉄は不安が的中した気がした。

 みろよ、このひょろついた身体、それに声もでねぇし、動けもしねぇじゃねぇか。


 鉄はどんどん不安になってきた。

 そして思わず声を張り上げてしまった。


「なんでぇ、返事してくれよ、顔ぐれぇ動くだろうが! 飯は食ってんのかよ、オイ!」


 おばあちゃんは早く出て行って欲しいので食べている、とうなずこうと思った。

 が、鉄の大きな声に驚いて思わずかぶりを振ってしまった。


「本当かよ……。正真正銘かよ、そりゃ、おめぇ、まずいよ……。まずいよ……。まずいって。死んじまうって。エェッ……。チェッ、チェッ、チェッ、チェッ、チェッ、チェッ、チェッ、チェッ、どうする、、チェッ!」


 鉄は部屋の中をうろうろと落ち着きなくうろつき始めた。


「俺っちも俺っちだ。なんで最初に気づかねぇんだ。こんなガリガリのヒョロヒョロは尋常一様じゃねぇじゃねぇか。チェッ、チェッ、チェッ。これじゃあまったくのところって言われちまうぜ……。そうだ!」


 鉄は何かが思いついたらしく大慌てで窓から外に出て行った。


 おばあちゃんは救われた、と思った。

 少なくとも殺されずにすんだ。

 死ぬ覚悟はできていても殺されるのはやっぱり嫌だった。

 何はともあれよかった、救われたよ、おじいちゃん、ありがとう。

 そう思った。

 安堵したおばあちゃんは、ひっぺがされた掛け布団を二十分もかけてようやく元に戻した。

 その時だった。


「おーい、ばあさん、いるか? チェッ、我ながらバカな質問したぜ、動けねぇんだからいるに決まってら。チェッ」


 おばあちゃんは驚いた。

 また泥棒が戻ってくるなんて。

 今度こそ殺されるかもしれない。

 また戻ってくる、というのは、やっぱり殺したほうがいいと思ったに違いない。

 南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。


 おばあちゃんはまた布団の中でガタガタ震えだした。


「いやぁ~、悪いな、今帰ったぜ! ちょっと待ってろよ、動くんじゃねぇぞ、チェッ!」


 鉄はいっぱいに膨れ上がったビニールを手に一目散で台所に向かった。

 おばあちゃんはますます驚いた。。


 ま、間違いない。殺す道具を揃えてきたんだ。

 あぁ、台所の包丁を使うのかねぇ。

 いったいこの泥棒は何をしようというのだろう。


 台所から鉄の声が聞こえてきた。


 「なんだよ、ばあさん、電気通ってねぇじゃねぇか。こりゃーいよいよだったなぁ。チェッ。まぁ、いいや。こいつでいいや。まぁ、いっても病人みてぇなもんだし、これがいいだろう」


 これがいい?

 これっていったい何だい?

 堪忍しておくれ。


 泥棒が台所から出てきた。


「まったく、スプーンまでホコリ被って汚ねぇときてらぁ。一応水は出たんでな、洗っといてやったぜ。チェッ。まったく、、世話のやけるばあさんだぜ。ほら、口開けな。チェッ!」


 泥棒はスプーンで白い液状のものをおばあちゃんの口に入れようとしていた。


 おばあちゃんは驚いた。

 ま、まさか毒殺……。


「いいからさっさと食えって! チェッ!」

 

 いつまでも怯えているおばあちゃんに、鉄は思わず声を荒げた。

 鉄の怒声に驚いておばあちゃんは口を細々とあけた。


「ばあさん、ゆっくり食えよ。最初はゆっくりだ。チェッ。まったく世話がやけるばあさんだなぁ……」


 おばあちゃんは渋々『毒』を口に入れた。

 口に入れてみるとそれは水分を多く含んだ甘いものだった。


 まぁ、美味しい。

 こんな美味しい毒ってあるのかしら。

 

 おばあちゃんは『毒』がとても美味しく感じた。

 こんなに美味しい毒なら包丁で刺されるよりはいいかもしれない。

 おばあちゃんは半ば諦めて『毒』を何度もすすった。

 鉄がつくった『毒』は体中にしみわたっていくようで、むしろ潤いがもどっていく気がした。


「うめぇか、ばあさん。まぁ、病気で弱っている時は『すりおろしりんご』に限らぁな」

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