第3話 泥棒

カラカラカラ……。


 ガラス窓が開く音がした。

 そして男が一人、窓から部屋に入ってきた。


 ま、まさか、泥棒?


 泥棒は部屋に入るなり、靴を脱いだ。

 そして部屋を見渡してつぶやいた。


「なんでぇ、なんでぇ、ずいぶん寂しい部屋だなぁ、チェッ、チェッ。こりゃ俺っち入る家を間違えたかな。チェッ、チェッ」


 間違いない。

 おばあちゃんは声を上げようか、と思った。

 しかし、声を出す気力なんて残っていなかった。

 仕方がないのでここはひとつじっと様子を見ていようと思った。

 万が一にも生き延びることができるかもしれない。


「しっかし、何にもねぇな。薄暗ぇし。病気になっちまうぜ。チェッ、チェッ」


 泥棒は鉄だった。

 鉄は必要最低限なモノしか置いてない部屋を見渡した。基本的には綺麗にしていたのであろう。ただところどころに空のペットボトルが置いてあり、タオルやティッシュが落ちているのも見かけた。

 ここの住人は最近病気か何かだったのかもしれない、と思った。


「あれ?」


 鉄は布団に視線をやってハッとした。

 布団の頭の方から髪の毛がチョロチョロと出ているのだ。


―― ま、、まさかな……。


 鉄がおそるおそる近づくと、掛け布団から目だけがギョロリと覗いていた。

 その目と鉄の視線がぶつかった。


「あっ!」


 鉄は驚いた。

 しかし、おばあちゃんはもっと驚いた。

 殺される、と思った。

 餓死ではなく、殺害されるのか、と思うと恐怖が顔を硬直させ、逆に泥棒の顔を凝視してしまっていた。


「畜生、この野郎、布団から出ろ!」


 逃げればいいものの、鉄は動揺しておばあちゃんに怒鳴った。

 そしておばあちゃんの掛け布団を引っぺがした。

 するとなんともやせ細ったおばあちゃんが小さく体を折りたたんだ状態で細々と身体を震わせているのを見た。


「なんでぇ、なんでぇ、いい年寄りがブルブルと震えるもんじゃねぇぜ。まったく。チェッだ。やいやいやい。そんな怯えた目で俺っちを見るなよ! チェッ!」


 おばあちゃんはそれでもブルブル震えていた。


「なんだよ、ばあさん。震えるなよ。俺ぁ、しつっけぇのは嫌いだぜ、チェッ!しっかし、この部屋はばあさんの家かい?」


 鉄はぐるっと部屋を見渡した。

 この部屋中を覆う陰気臭さ。

 大きくため息をついて、もう一度おばあちゃんに視線を戻した。


「なんでぇ、ばあさん。そんなにやせ細ってるんじゃ、チェッ、もしかして布団から出れないのかい? 重病かい?」


 おばあちゃんは布団から出る元気がなかったので一度うなずき、病気ではなかったので首を横にふった。


「どっちでぇ! まぁ、どっちにしたって張り切り元気のばぁさんってわけではねぇようだな。ばあさん、悪かったな。勝手にお邪魔してよ。チェッ、畜生、よりによってこんな部屋に入っちまうなんてな、チェッ、ついてねぇぜ」


「…………」


 おばあちゃんは(帰れ、帰れ)と強く念じていた。


「さぁて、そろそろ帰るかな。ばあさん。じゃあな、達者でな。あんまり寝てばっかりだと良くねぇっていうぜ。チェッ。」


「…………」


(帰れ、帰れ、帰れ、帰れ!)


 頼む、泥棒さん、お願いだから帰って!

 もしかしたら殺されずにすむかもしれない。

 そんな希望が出てきた。

 長居されると、どう気が変わるかしれない。

 早くこの恐怖から開放されたかった。


 鉄は入ってきた窓ガラスを開けた。

 チェッ、チェッ、と首を何度も横にふりつつ、窓の外に体を出しかけた。

 その時、鉄の動きが不意に止まった。

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