第2話 おばあちゃん

 あるアパートの一階に一人のおばあちゃんが住んでいた。

 おばあちゃんはもう昼だというのに布団の中で眠っていた。

 空腹で動けないのだ。

 このままでは死ぬかもしれない。

 いっそのこと眠っている間にあの世に連れて行っておくれ。

 苦しみながら死ぬのだけは嫌だねぇ……。

 おばあちゃんはそんなことを考えながら、死ぬことを覚悟していた。


 息子の嫁が買い物と称し、大荷物を持って出て行ったのが半年前。

 さすがに買い物でないことはわかるし、自分が捨てられたことにも気づいていた。

 嫁はおばあちゃんの貯金をほとんど持っていき、挙句におばあちゃんを保証人にした借金まで残して家を出て行ってしまった。

 僅かに残った貯金と年金で、借金を払い続けているうちに貯蓄が底をついてしまった。  

 生活は一変した。

 家賃は滞納し、電気も止まり、ガスも止まった。

 残された食料もなく、心配してくれる身寄りも近くにはいない。

 息子夫婦の一人娘ユキは大のおばあちゃんっ子だったが今は留学中で不在だった。

 おばあちゃんは誰からも忘れ去られた存在となった。

 そんな寂しく惨めな生活をしているうちに、夜な夜な亡くなったおじいちゃんに語りかける習慣ができてしまった。

 おじいちゃん、もう、食べるものもないよ……。

 早く迎えに来ておくれ。

 こんなにガリガリになってしまったけれど、私がわかるかしら……。

 夜が来るたび、そんなことを考えていた。


「こんなふうに死ぬなんてね……。寂しいねぇ。早く迎えに来てね、おじいちゃん」


 息子は嫁と結婚すると十年とたたぬ間に死んでしまった。

 夫が死んだことで嫁の態度は少しずつ変化していった。

 他人の親となんで一緒に暮らさなきゃならないんだ、と、おばあちゃんを度々虐げるようになった。

 それでも孫娘が日本にいた頃は、孫が間に立ち仲を取り持っていたが、その孫が海外留学に行ってからというもの、嫁はおばあちゃんをここぞとばかりに苛めるようになった。


「本当にこのクソババァ、イライラするわ! その陰気な顔、もっとパッと笑ったりできないの?」


「あんたなんか早くお迎えがくればいいのよ、あぁ本当よ、入れ歯をモゴモゴさせて気味悪いったらありゃしない」


 おばあちゃんはそれでもモゴモゴとずーっと黙って耐えていた。

 こんな嫁でも側にいてくれるだけでずいぶんと助かるし、寂しくはないのだ。


 ところがある日、嫁が猫撫で声でおばあちゃんに声をかけてきた。


「あらぁ、おばあちゃん、今日はなんだか顔色が良いわねぇ~、素敵。そうそう、今日ね、お友達と買い物にいってくるの、おばあちゃんお留守番よろしくねぇ~。ご飯はたくさん炊いてあるし、食料もたくさん置いておくから大丈夫よね? 何かあったら電話してね、それじゃあね、さようなら」


 といって部屋を出て行った。

 さようなら?

 玄関のドアを閉める音も、遠ざかる足音も、いつもの荒っぽさはなくなり、妙に浮かれていた。

 おばあちゃんは数日後、捨てられたことを悟った。 

 少ない貯蓄と年金で嫁の借金を返し終わった時には、手持ちのお金がほとんどなかった。

 その上嫁は家賃すら払っておらず、二ヶ月分の家賃が滞っている状態だった。

 生活が一気に苦しくなった。

 電気が止まり、ガスが止まった。


 そして、もう三日も食事をしていない。


 今日もお迎えがくるのを待って眠りについたら、また朝がきて目が覚めた。

 まだ生きているんだね、としょんぼりしていた。

 お昼を過ぎてもおばあちゃんは布団で寝ていた。

 お金も、食料もないので、じっと布団で寝ているしか手がなかった。

 それにもう動く元気もないのだ。


 またうとうととしてきた時、


 カシャン!!


 と、ちいさく不自然な音が部屋に響いた。


 おばあちゃんはハッと意識を覚まし深々と布団をかぶったまま周囲の様子を伺っていた。

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