泥棒鉄
らも
第1話 鉄
鉄は泥棒。
薄くなった髪の毛と油光りした大きな鼻が印象的な三十代の男である。
細長い体つき、ぼんやりとした眼には生気が感じられず、非常に印象の薄い人物だった。
ただ、厚ぼったい唇から覗かせる犬歯が妙に愛嬌があった。
母を早くに亡くし、父もトラックの長距離運転手だったため、家に一人でいることが多い少年時代だった。
そんな彼が万引きを覚えていくのは想像に易い。
そして彼には意外にも盗みの才能があった。
小学校の三年生ではすでに駄菓子の万引きを覚えていた。
盗んだ駄菓子を友人に振舞って、寂しさを紛らわせていたのかもしれない。
小学校も高学年になるとタイミングも気配りも手口も巧妙になり、「疾風の鉄」と友人に言われるようになった。
鉄はそんな時、テレビにでてくるヒーローになった気がしてずいぶん得意になった。
それでも鉄にとって少年時代は沈む夕日を見て不安に駆られた帰り道のような気持ちしか思い出せなかった。
一応、高校も出た。
高校生にもなれば自分がどういう人物かわかる。
頭は少々悪い。顔は比較的悪い。運動神経だけが人並みだった。
何の取り得もないことに少々劣等感を感じつつ、青春時代を過ごした。
異性との出会いもなく、スポーツや学業に熱心な訳でもない。
ただ消化されていく日々に鬱々とした気持ちは累積していった。
そんな憂さを晴らすかのように鉄は万引きをした。
万引きをした後は気持ちが落ち着いた。
結局、万引きの腕だけがみるみる上達していった青春時代だった。
高校を出ると社会人になった。
就職氷河期の時代に、運よく大手自動車会社の下請け会社に入ることができた。
社長を含めて三十人程度の小さな会社である。
それでも鉄は働ける事に満足し、社会人として一歩踏み出した。
鉄が社会人になるとすぐ、父親が亡くなった。
父親はまだ五十代だったが脳卒中であっけなく死んでしまった。
そんなショックもあったのか、鉄は最初の何年かは工場の片隅で周囲にも溶け込めず一人黙々と働いていた。
ストレスが溜まると帰り道に万引きをした。
いつしかそれが高じて空き巣に入るようになっていった。
空き巣は万引きの数倍もスリルがあったし、技術を必要とした。
ただ、鉄の場合は空き巣に入ってもお金は盗まなかった。
鉄は別にお金に困っていたわけではないので、その家の空気や生活感を感じると満足して帰った。
鉄はただ、充実感がほしかったのかもしれない。
そうこうしているうちに三十歳も越えてしまった。
家賃の安いアパートで一人で暮らして数年がたつ。
「なんだか、『老後が見えた』みてぇな暮らしだな。チェッ。このまんまこの安アパートで誰にも気にかけられずに年老いていくんだろうぜ、チェッ。チェッ」
鉄はふとそんなことを思った。
もう三十ニ歳だ。
今さら恋愛だ、どうだって年齢じゃあねぇし。
今まで恋愛の「れ」も知らねぇ俺っちだ。チェッ、今さらどうしようもねぇじゃねぇか。
チェッ、チェッ。
鉄は一人ぶらぶらと住宅街に出た。
どこかに侵入できそうな家はないかと探して歩いた。
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