第174話 溢れる(3)

一方


夏希は


珍しく食欲もなかった。



移動したツインの部屋の片方のベッドの端に座って、もうひとつのベッドをじっと見てしまった。



どう考えても


ドキドキする・・。



と言うわりに


結局、カワイイ下着の上下セットを買ってしまったりしていたのだが。



あの足じゃ


なんもできないって言ってたし。


ど、


どこまでできないってことなんだろ。


も~~! 


いったいどうなっちゃうんだろっ!



パニックがピークに差し掛かった頃。


ドアがノックされた。



「は・・ハイ!」


「ゴメン、遅くなって。 メシは?」


高宮がコートを脱ぎながら言った。


「や・・適当に、すませましたから。」


ウソを言った。


「そう、」


疲れたようにベッドの端に座って、スーツのネクタイを緩めた。


「駅に行って、明日の切符を買ってきました。」


夏希はバッグからそれを取り出して彼に手渡す。


「あ、ありがとう。」


「ここからだと名古屋経由になるんですね。 大阪まで3時間半もかかる・・」


「東京から行くよりも時間がかかるんだからな。 加瀬さんも自分の切符、買ってきた?」


「あ、はい。 同じくらいの時間で。」


「もう帰省ラッシュが始まって、少し混むかもしれないな。」


と笑って、タバコを取り出してくわえた。



そう


もう明日から


またしばらくお別れだ。


衝動的に大阪まで行ってしまってから今日まで


なんて長かったんだろう。


たった1週間くらいのことだったのに。


それは1ヶ月にも半年にも思え。



一気に


彼との距離が縮まって。


その距離が時間の長さのように。


「あ、部屋。 勝手に変えちゃってゴメンね、」


ドキンとした。


「あ・・いえ・・」


「さすがに昨日は体が痛くなっちゃって。」


「はあ・・」


思い出すと顔が沸騰してくる。


「しかも、ほんっと寝相悪いね。」


デリカシーのないことを言われて、


「だから! 言ったじゃないですかっ!」


ムキになってしまった。



「まだシャワー浴びてないの? 先、どうぞ。」


高宮はそう言いながらテレビのスイッチを入れた。



あっさり言ってくれちゃって。


もう


こんなにこっちはドキドキしちゃってるっていうのに。



そっか。


体痛くなっちゃったってだけなんだよね。


ベッドが狭かったって。


夏希はシャワーを浴びながら、多少気が抜けながらそう思った。



別に


期待することでも、


などと考えてしまい



期待!


あたし、期待してたの???


ぶんぶんと首を振った。


そう思ったら


何だか急に気が楽になって。



夏希は高宮がシャワーを浴びている間、お笑い番組を見てゲラゲラと笑ってしまった。



「大きい声で笑って。 こっちまで聞こえたよ。」


高宮が髪を拭きながら出てきた。


「あ・・ごめんなさい。 すんごいおかしくって。」


口元を手で押さえて言った。


彼が自分の隣に座った、



思ったら


いきなり


キスされた。



それも


しょっぱなから


濃厚な・・。

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