第173話 溢れる(2)

「だから。 傷つかないようにするだけが親心じゃないんですって。」


萌香は彼にコーヒーを淹れて来た。


「なんか・・危なっかしくって見てられないんだよ、」


「傷つく前に助けてあげるだけじゃあ、弱い子になっちゃいますよ。 彼女がそうやって頑張ろうって思ってる気持ちになったんだから、私たちは見守ってあげなくちゃ。」


彼の隣に座って、そっと肩を寄せた。


斯波はいつものように険しい顔だが、


複雑そうな表情でコーヒーを口にした。





買い物に行こうとフロントにキーを預けると、


「加瀬さまですね? ええっと、さきほどお連れのお客様が部屋を変更して欲しいとおっしゃって・・」


「は?」


「702号室のツインに変更いたしましたので、申し訳ありませんがお出かけになる前にお荷物を移動していただけますか?」



は・・


夏希は絶句してしまった。



ツイン!?


って? え?


二人で泊まるって・・前提ですかっ????



またしても夏希はプチパニックに陥っていた。


とりあえず、駅の近くのショッピングセンターに買い物に行った。


ランジェリーショップの前を通りかかり。



やっぱり


今日こそなのかなァ。


いろんなことを妄想してしまった。


心臓がバクバクする。



やっぱ


かわいい下着


買ったほうがいいかな。


上下お揃いの。



今朝してたブラジャー


あんまりかわいくないヤツだったし!!


思いっきり見られちゃって。


な、


何色がいいのかな。



怖いくせに


妄想だけは広がった。



高宮は朝から墓参りやら挨拶参りで、杖をついての移動がしんどくてたまらなかった。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


恵が心配した。


「ああ。 も、ほんっとこのギブスが重くて・・」


「明日、結納が終わったら午後には大阪に行くんでしょう?」


「ウン。 明後日から仕事初めだから。」



恵は夏希のことを思い出した。


「彼女はどうしているの?」


「まだ、こっちにいる。 おれたちのいるホテルの近くのビジネスホテルに。」


「そう。 本当に申し訳ないことをしてしまったわね、」


「でも、おれが大阪に行くのを見送って帰りたいって言ってくれたから、」


高宮は嬉しそうにはにかんで笑う。



「でも、ちょっとびっくりしちゃた。」


「え?」


「なんかお兄ちゃんの雰囲気とは違う人だったから。」


恵は笑った。


「あんなに真っ直ぐな子に会ったことなかったから。 会うたびに、話をするたびにすごい発見ばっかり、みたいで。」


「お父さんもお母さんもなかなかわかってはくれないかもしれないけど。」


「何だかおれのわがままでおまえが大変な目に遭ってるんじゃないかって。 」


「まあ、大変だけど。 一応私も政治家の娘だし。 お兄ちゃんよりも長い間、お父さんのことも、その妻であるお母さんのことも見てきた。 城ヶ崎さんとは・・まあ、引き合わされたようなもんだけど。 でも、あの人が好きだし。」


恵はちょっと照れて笑った。


「おまえが幸せなら。 おれはもう言うことはないけど。」


高宮は青い空を見上げた。


「うん。 幸せ。」



妹のその笑顔に


ホッとする。



「東京には帰れるの?」


「ウン。 帰る。 帰らなきゃ。」


高宮は微笑んだ。


「そうね。 彼女もいるしね。」


「ん・・」


少しだけ頬を赤らめた。



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