第172話 溢れる(1)

「どうぞ・・」


夏希が着替えている間、高宮は部屋を出て待っていた。


ドアがそっと開いて、彼を部屋にいれた。



「あのう・・」


思いっきり視線を外しながら夏希は言った。


「え?」


「まだ・・ここにいて、いいですか?」


顔が真っ赤だった。


「図々しいんですけど!お、お金はきちんとお返ししますから!」


沈黙が怖くて早口でそう言ってしまった。



高宮はクスっと笑って、


「お金はいいけど。 ほんとにいてくれるの?」


「明後日、高宮さんが大阪に帰るのを見送って・・あたしも東京に帰りますから、」


ようやく彼の顔が見れた。



彼女の気持ちが


死ぬほど嬉しい。


「ありがと・・・」


その彼の言葉に夏希はようやく笑顔を見せた。



「今日はこっちの墓参りやら、新年の挨拶やらでまた遅くなるかもしれない。 宿泊の延長はしておくから、」


出掛けに彼からそう言われた。


「はい、すみません・・」



そうして


一人になって


夏希はベッドにごろんと横になった。



また


思いつきで行動してしまった。



ゆうべ


ベッドに押し倒された時はどうなるかと思っちゃったけど。


結局


何もしないでいてくれて。


あ~~~。


すんごい


コドモだって思われたかなァ~~~。



枕をぎゅうっと抱きしめて自己嫌悪に陥った。




そのころ


「おい・・電話、してみろよ。」


斯波は萌香を小突いた。


「え? どこに?」


「加瀬んとこに決まってるだろっ!」



わかってるくせに。


斯波はジロっと彼女を睨んだ。


「電話してどうするんですか、」


「だから、何時に帰ってくるんだとか・・」


口ごもる彼に萌香はくすりと笑って、


「ほんまに心配してますねえ、」


と言う。


「心配って、いうか・・」




その通りなんだけど。


いっくら怪我してるったって。


男なんだから・・。



「お父さんになっちゃってますよ?」


「はあ?おれが??」


「もうお兄さんとかも飛び越しちゃってる感じ。」


反論しようとすると萌香の携帯が鳴る。



ん?


斯波は予感がしてすぐさま反応した。


「はい。 栗栖です。 ああ、おはよう・・」


彼女が出ると何気に近づく。


鬱陶しい斯波を振り払うように萌香は立ち上がる。



「ウン、ウン・・え?今日帰ってこないの?」


加瀬だ!


斯波は確信して彼女の携帯に耳をくっつけるようにした。


「明日? うん、あ、そう。 で、大丈夫なの?」


痺れを切らして萌香から携帯を奪い取る。


「おい! 加瀬か!?」


いきなり斯波が出たので夏希は驚いた。



「し、斯波さん??」


「なにやってんだ! 早く帰って来い!」



ほら


やっぱりお父さんみたいなこと言ってるし。



萌香はため息をついた。


「1日くらい余計にいたってなあ。あいつはまた大阪に戻るんだぞ!」


野暮なこととわかっていても、斯波はそう言わずにはいられなかった。



「斯波さん、」



「それだけじゃなくて! あいつとつきあってたら結局、傷つくのはおまえじゃないか、」



すごく


心配してくれてるんだあ


夏希は胸がいっぱいになった。



「あの・・大丈夫です。 斯波さんが心配するようなことは何も。 明日、高宮さんが大阪へ行くのを見送りたいだけですから。」



「加瀬・・」


「今はそうしたいんです。 考え出したら、どんどん悪いほうにばかり考えてしまうんですけど。 今は、そうしたい。」



落ち着いた彼女の言葉に、


斯波はそれ以上何も言うことができなかった。

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