第132話 あいたい(3)

「高宮さんは東京に待たせている方がいらっしゃるんですね、」


理沙は怖くてどうしても聞けなかったことを口にすることができた。


高宮はじっと考えた後、


「待たせている、はあってないけど。 東京に帰りたい理由がある…人はいる。」


彼女をまっすぐに見据えた。


回りくどい言い方をしたので、理沙にはすぐに理解できなかった。


「…好きな人が、いる。」


高宮はそう言い直した。


「恋人、ですか、」


そう聞かれて、


「残念ながら。おれの片思い、かな。」


自嘲した。


「片思い?」


理沙は意外な顔をした。


「うん。 彼女のことが好きで。 もっともっと楽しくつきあっていきたい、って思った矢先にこっちにくることになってしまって。 むこうの気持ちもきちんと聞かないままに。 だけど。 ほんと、離れていても、彼女のことを考える。 離れたら、近くにいたときよりもずっと彼女のことを想う。」


今言える精一杯のことを理沙に言った。


自分に気持ちがないことは


誰よりもよくわかっていた。


だけど


改めてそう言われると。


「彼女のために帰るんですか…」


卑怯な言い方しかできなかった。


「帰りたいけど。 正直、まだどうしていいかわからない。 こっちでもまだまだやることあるし。」



自分のために


ここにいてもらうことは


叶わないのだ。


「だから。 本当に水谷さんには申し訳ないことをしてしまった、と思っている。」



謝らないで・・!


理沙は心で叫んだ。


これ以上向き合っていたら泣いてしまう。


それをしたくなくて


そのままくるっと背を向けて理沙は出て行ってしまった。




ここだ…


ビル風が冷たく吹き付ける中で。


夏希は手にしたメモを見ながらマンションの前にようやくたどり着いた。


新大阪に着く直前で目を覚ましてから


頭がガンガン音がするほど痛い。


ちょっと歩くだけで息切れがする。


マンションのエントランスのインターホンで部屋番号を押すが、何度鳴らしてもいないようだった。


留守…?


どっと疲れが出てきてしまった。




高宮は理沙が帰って2時間後くらいに会社を出て家路に着いた。


そろそろ日付が変わろうとしている。


さぶ…。



風が強くて思わず首をすくめる。


マンションの灯りが見えて少し早歩きでエントランスに向かうと


え?


誰かが入り口の段差に座り込んでいる。


その"誰か"を認識できたのは数秒後だった。



「・・か・・加瀬さん??」


目を疑った。


名前を呼ばれた彼女は


ゆっくりと頭を上げた。


「高宮さん・・」


ウソだろ?


どうして彼女がここに?


思考回路がなかなか繋がらなかった。


すると


夏希はニコーっと笑って、


「やっと・・帰ってきたぁ…」


よろっと立ち上がったが、すごい眩暈に襲われてそのままグラっと倒れそうになった。


「危ない!」


高宮は慌てて彼女を抱きとめる。


そのとき


「え、」


寒いこの中で待っていたはずなのに


彼女の体は異様に熱かった。


慌ててオデコに手を当てる。


「熱、あるんじゃないの?」


「え…ねつ・・?」


目も普通じゃない気がした。


夏希は高宮に会えてホッとしたと同時に頭の中にどんどん霧がかかっていくように


意識が遠のいていった。

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