第131話 あいたい(2)

「加瀬さん、もういいわよ。 このまま直帰して。」


萌香は時計を見て言った。


「あ・・はい。 お先に失礼します。」


ホールを出た時、夏希の体の中の何かのスイッチが入ってしまった。



体が勝手に


どんどん動く。



タクシーで東京駅まで行ってしまった。


電車で行こうと思ったが、体が重くてとてもそんな気になれない。


そして


新大阪行きの切符を買って。


発車しそうだった新幹線に飛び乗った。



夜8時45分


この時間から大阪に行こうという人が本当に少ないのがよくわかる。


座席がガラガラだった。


夏希は窓際の座席に座って、どっと疲れて窓ガラスに頭をくっつけた。


東京の街の灯りがどんどん行過ぎる。



あたしは


何をしているんだろう。



喉が痛くて


息をするのも苦しくなってきた。


新横浜を出たあたりから眠ってしまったようで記憶がなくなった。



そうか


あたしは


高宮さんに会いたくて。




会いたくて。



あの人が突然、大阪へ行ってしまってもうすぐ3ヶ月が経とうとしている。


彼と過ごした時間が


どれだけ楽しかったか。


その時は何も思わなかったのに


ゆうべからそのことばかりを思い出す。


自分が彼にふさわしくないだとか


そんな面倒くさいことも


全く考えずに今は。



会いたいという気持ちだけで


体が動いている。



『きみに会いたいんだ、』



生まれて初めて


そんなことを言われた。


胸をぎゅっと掴まれたような


苦しく、切ない。


これが


好きってことなんだ。


あたし、


本当に高宮さんのことが好きなんだ。




高宮はいたたまれなかった。


残業で理沙と二人きりになってしまった。


パソコンのキーボードを叩く音とファンの音だけが響き渡ってて。


会話もなく。


「明日のスケジュールはここに書いてありますので、」


理沙がボソっとそう言って高宮にクリアファイルを手渡した。


「・・ありがと、」


彼女が何も言ってくれないので余計に気まずい。


あの日から彼女と仕事以外の会話をすることもなくなってしまった。


何も言わないのが


男として卑怯なような気がして


ものすごい自己嫌悪に落ち込んでいた高宮は帰ろうとした彼女に、


「…ごめん、」


そう声を掛けた。


「・・・・・・」


理沙は黙って彼に振り向いた。


「本当に・・酔っていて。意識が朦朧としていたとはいえ。」


あれ以来、彼が


自分に対してものすごく引いてしまっていたのはわかっていた。


「いいえ。」


理沙は小さな声でそう言ってうつむいた。


その


"ごめん”で


自分に気持ちが全く向いていないことを思い知らされて。


理沙は泣きたくなってきた。


「あの時、私が言った気持ちは本当です。 高宮さんに東京に戻って欲しくないって・・気持ちも、」


小さな声でうつむきながらそう言った。


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