Distance

第95話 再び、走る(1)

またいつもと同じ毎日が始まる。

夏希は少しだけ秋の気配になってきた空を見上げた。


9月に入り、みんなも忙しくなって外出が多くなる。

夏希は電話番を兼ねてデスクワークが多かったので、一人で事業部で留守番ばかりだった。


あ~、なんかたいやき食べたくなっちゃったな~。

どうして、秋になるとあったかいものがいきなり食べたくなるんだろう。


今、お昼を食べてきたばかりなのに、夏希はたいやきのことを考えてしまった。


誰もいないはずの部署に戻った時、


え?


斯波のデスクにでっかい男が座っている。



ソフトモヒカンに・・サングラス。

黒いTシャツに迷彩柄のパンツ。

しかも足をデスクの上に乗っけて座り、ヘッドホンで音楽を聴いているのか、小刻みに体が動いていた。



誰っ??

思いっきり不審人物!



夏希は部屋に入れなかった。


だ、

誰か呼んできた方がいいかな。


オロオロしていると、南が外出から戻り廊下を歩いてきたので、


「み、南さん! なんか変な人がいるんですっ!」

慌てて駆け寄った。


「変な人???」


「怪しすぎる人なんですよっ!」



南は早足で部署に入る。

そして


「あれ?」

その『怪しすぎる男』を覗き込む。



彼も彼女に気づいて、サングラスを外し立ち上がった。


「なんや、帰ってきてたんか。」

南は落ち着いた様子で言った。


「なにココ。誰もいないじゃん。 無用心だなあ。」


なに

この巨人は。


夏希はまだ呆然としていると、


「あ、加瀬。 コレ、いちおうウチの看板ピアニストの北都マサヒロ。 ウイーンから戻ってきたみたい。」

と紹介された。


「は・・・」


172cmの自分が見上げてしまうこんなゴツイ男が

ピアニスト?


「だれ?」

真尋は夏希を指差した。


「ああ、4月から入ってきた新入社員の加瀬。 でかいやろ~?」


「ほんとだ、でけ~。」


この人に言われたくない…。


「前にも言ったけど、社長の次男で真太郎の弟。 だからあたしの義弟なんやけど。 むさっくるしい男やろ? 真太郎とぜんっぜん似てへんねん、」

南はアハハと笑った。


夏希もつられてひきつり笑いをしてしまった。



この人が

噂にしか出てこなかった

天才ピアニスト・北都マサヒロ。


想像と

ぜんっぜん違うし。



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