第74話 接近(2)

「加瀬、ちょっと。」


夕方、外出から戻ってきた斯波は怖い顔で応接室に夏希を呼んだ。


「は・・はい、」


なんだろ

あたし、またなんかしちゃったかな。


ドキドキしながら入っていくと、


「おまえ、昨日高宮のところ泊まったんだって?」


開口一番そう言われた。


「へっ??」


素っ頓狂な声を出してしまった、夏希はしばし考えた。


「本部長ですね? もう、ほんっとおしゃべり・・」


「そんなことはどうでもいいんだよっ!いっくら病気の人間でも、一人暮らしの男のところなんか行くなっ!」


テーブルをバシバシ叩かれて、すごい勢いで怒られた。


なんでこんなに怒ってんだろ。


夏希は肩をすくめた。


いくら病気で体弱っててもなあ、男なんだから! 下心ありありなんだからっ!」


「や、ほんっと・・高宮さん、大変なことになってて! トイレから30分も出て来れなかったし、」


「だったらおれに言えよ! ついていってやったのに!」


「そんなァ、斯波さん忙しいのに、そんなこと言えるわけないじゃないですかぁ。」


もー、むちゃくちゃな…


「しかも! 泊まるだなんて!」


「なんもしてませんよ・・別に、」

ボソっと言うと、


「そういう問題じゃないの! ほんっと隙だらけだなっ! おまえはっ!」


なんで

そんなに怒るかなあ。

お父さんじゃないんだから、


夏希は思わずボヤきたくなる。



帰社時間になり、夏希は会社の外に出て高宮に電話をかけた。


「どうですか? 具合、」


「昨日よりは腹痛もなくなったかな。でも何も食べてないから、フラフラして…。」


「そうですか。 買い物とか行かれないんですか?」


「外なんか、出れないよ…」


弱々しく言われて、


「う~~~ん。」

夏希は悩んだ。


「来て、くれないの?」

高宮は思わずそう口走ってしまった。


「行ってあげたいのはやまやまなんですが。 斯波さんにすっごい怒られちゃって、」


「へ?」


「一人暮らしの男の部屋なんか行っちゃダメって、」


なんで、斯波さんが?


高宮は絶句してしまった。


「なんかすっごい勢いで怒られたんですよ。 お父さんみたく、」


「お父さん?」


「あたしが隙だらけだって言うんです~。 高宮さんはそんな人じゃないってあたしは信じてるのに、」


矢が

何本もグサグサと心に突き刺さる。


寝ている彼女に

キスをした罪悪感でいっぱいで。



夏希は電話中にふっと出口を見ると、南が出てきたのが見えた。


「あ! ちょっと待っててください! とりあえず、切ります!」

夏希は慌てて電話を切って走り出した。



「は~~、いいトコ住んでるんやな~。 さすがお坊ちゃま、」

南は高宮の部屋を見回した。


「ハイ、材料買ってきましたから。 今日は南さんが作ってくれるから。ご安心を、」

夏希はスーパーの袋を突き出して笑った。


「しゃあないなあ。 高宮は。 こんな時、面倒見てくれる彼女もいないんじゃ。」

南はキッチンで料理を作り始めた。



なんで

この人が来るんだ??



「ちょうど、帰りに会ったんですよ~。南さんは主婦だし、すっごくお料理が上手なんですって!」


高宮は気が抜けたように


「はあ、」

と言ってソファに座った。


「高宮。 寝てたほうがええんとちゃうの? 今、めっちゃおいしいスープ作るから。」

キッチンから南がのぞく。


「はあ…」


どんどん力が抜けていく。

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