第59話 夏空(5)

まだ梅雨は明けたという正式な発表はなかったが

もう夏休みになってしまったのではないかと言うくらい朝から暑い日曜日だった。


「すみませ~ん。 お待たせしました。」

夏希は元気にマンションから出てきた。


「荷物、後ろに入れて。」


「あ、はい。 サーフボードとかは持って来なかったんですか?」


「アメリカでは持ってたけど、持って帰るの大変だったから友達にやっちゃったし。 借りれるところあるから。」


「なんかサーフィン日和ですね~。 ワクワクしてきた。」

夏希は言葉どおり、顔もワクワクしていた。


メシの約束以外で彼女と出かけるなんて。


高宮はそう思うと胸が高鳴っていたが、


「いきなりビッグウエーブとか乗れないですかねっ??」

夏希はおそらく頭の中、ほとんどが"サーフィン”で埋め尽くされていると思われ。


「・・死ぬよ。」

苦笑いを返すしかなかった。



海が見えてくると夏希のテンションはさらに上がり、


「♪う~み~はひろい~な、おおき~な~」

夏希は助手席からそれを見て歌ってしまい、


「あ、いけない! 歌っちゃった!」

と自分で打ち消したので高宮は笑ってしまう。


「ほんっと、あたしって思ったことをすぐ口にしちゃうんですよね~。」


「歌も歌っちゃうんだ、」


「野球の練習中もね、ランニングしてると友達が、『よく歌ってられるね』って。呆れて。 あたし、自分では心の中で歌ってるつもりだったから、びっくりしちゃって!」


「気づかないのかよ・・」

また笑ってしまった。


「だからよくひとりごとが多いって言われます。 自分じゃ全然気づかないんですけど、」


「海を見て、『うみ』を歌っちゃうところが、ほんっと、まっすぐと言うか。 わかりやすすぎるって言うか。」


サーファーたちがちらほら見える。

「見てると、簡単そう、」

夏希はボソっと言った。


「けっこうね。 難しいんだよ。 バランスかなあ、やっぱり。」


「あたし、背泳ぎしながらオデコに缶コーヒーとか乗っけられるんですよ!」


また、予想外なこと言い出すし。


「あれも結構、バランスが良くないとできないんですって! だから、きっとサーフィンもできると思う、」


思考が直線的だし。


「おぼれないでね。おれも海で泳ぐのそんなに得意じゃないから、」


もうそう言うのが精一杯だった。

「海なんかもう毎年夏になると、チャリで行ってるんですから! も・・波に乗るくらい、」


どっから来るんだ?

その自信。


つっこみたいが、言わせておくとおもしろいのでそのまま笑いを堪えながら黙って聞いていた。


「もう少しかなあ。 早く海に入りたーい!」



まるで

小学生と話をしてるみたいだ。


だけど

計算なんか

これっぽっちもなくて。


全て

気持ちのままに

笑って、しゃべって。

どうしてこうも

胸にダイレクトに響いてくるんだろう。

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