第58話 夏空(4)
「あ、加瀬~。 この前言ってたミュール! 売ってるとこ見つけたよ。 今度の日曜に買いに行こうか、」
ランチから戻ってくると南にそう言われた。
「え、ほんとですかあ? 絶対に売ってないと思ってたのに! すごーい、さすがですね、」
夏希の顔はぱあっと明るくなった。
「知り合いのスタイリストの子に聞いたの、」
「そうかあ。 て、そうだ・・あたし今度の日曜、サーフィンやりに行くことになっちゃったんだ。」
夏希はすぐさま思い出して言った。
「は? サーフィン?」
「はあ。 高宮さんが連れて行ってくれるって言うんで。」
頭の上に『ケロっ』という文字が見えるほど、あっさりとそう言った。
「は、高宮が…」
南は一瞬絶句した。
「はい。 あたし、一度やってみたかったんで。 高宮さんはアメリカで何度かやりに行ったそうなんです。 だから、」
その笑顔に、
だから…って。
南は思わず口元がひきつってしまった。
「ですから~。そのミュールのことは、その次のお休みのときでいいですかあ?」
「ま・・ええけど。」
力なく答えた。
「ちょっと、大変!」
南は廊下を歩いていた志藤の腕をぐいっと引っ張って、休憩室に連れ込んだ。
「な、なんやねん。も~~、」
「加瀬と高宮が今度の日曜にサーフィンしに行くらしいよ・・」
「何を魔女みたいに。おどろおどろしく言うねん、」
「今までは食べるばっかりやったけど! 海やで、海!」
「ええやんか。 別に。 健全な男女やねんから、海くらい。」
「危ないって、海やもん!」
妙に興奮する彼女に、
「おまえは何が言いたいねん、」
志藤は笑ってしまった。
「なんか心配…」
「心配なんか。 そらな、そっこらへんのサーファーの兄ちゃんやったら心配やけども、高宮やろ?あいつやったらまあ、どこまで本気かわからへんけど? 傷ついたとしても大して傷つかないって。」
「本格的なデートやん…これって。 しかも、恥ずかしげもなくあたしに言うねんで?」
「そら。 加瀬はデートやなんて思ってへんからやろ? メシ食いに行くノリとおんなじやって。」
アハハと暢気に笑った。
しかし、南は一層深刻な顔になり、
「これは・・加瀬の貞操の危機かも・・」
などと言い出して、
「だからね。 二人ともいちおう大人やから。 サーフィンしに行って波に乗ってな、んでそのまんま高宮が加瀬に乗っかっちゃってもしゃあないってことやん、」
あまりの志藤のお気楽な発言に、南はようやく冷静さを取り戻し、
「そっか。 ま、処女奪われるくらいはしょうがないか。」
遠くを見ながら言うと、
「そうそう。 恋愛はな、いろんな経験してな、人として大きくなっていくって言うのかな。」
「なんか・・ひとごとやと思って。 自分の娘やったら絶対に行かせへんくせに。」
と言い放つと、志藤の表情が一変し、
「当たり前やろ。 絶対に行かせへん! しかも! 高宮みたいな怪しいヤツとなんかつきあわせへんもん!」
志藤は一転、厳しくそう言った。
で。
とりあえず、結論としては二人は大人なので放っておくことにした。
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