第55話 夏空(1)

高宮は青白い顔でやって来た。


「あ~もう飲みすぎじゃった顔、丸出しだね~。」

志藤はニヤニヤとして言った。


「・・・・」


またいつもの彼に戻っていた。



「これ、専務にお話しておいたんですけど、」

具合が悪そうに言う彼の顔をのぞきながら、


「…なんも、覚えてないとか?」

と聞いてみた。


「は?」


何を言い出すのか、この人は…。


高宮は彼をジロっと睨んだ。


「そっか。覚えてへんのんか・・」


志藤はつまらなそうに書類に目を移す。


「な、なんですか! そこまで言っておいて! いったい、なにがあったんですか!」



確かに

ゆうべは気がついたらウチに帰っていた。

なんだかどんどん酒を飲まされて

どこらへんからかわからないが、記憶がない。



「なにがって。 おまえ、みんなの前で加瀬のことが好きやて絶叫してたで。 つきあいたい!って。」


全身の血の気が一気に引いた。


「本人も聞いちゃったんだけどね。」

志藤はニコーっと笑った。



しばし固まった後、すうっと魂が抜けたようにまた自分の席についた。

もう背中越しにどんどん、どんどん彼の生気が湯気となって抜けていくようで。


あ~あ~。

見てられへん。


てか。

こいつも

いろいろ溜まってるもん、あるんやなあ。


ま、こいつと加瀬がどうなろうとかまへんけども。

なんか

おもろい。

ついつい、構いたくなるし。


志藤は資料で顔を隠しながら笑ってしまった。



昼休み、高宮は慌てて秘書課を出て夏希を探しに事業部に向かおうとした。

そこに


「あ、高宮さーん!」

本人が廊下を走ってきた。


ドキっとしたが、


「あ、あの、」

昨日のことを詳しく聴こうと思ったのだが、


「ね! 見てください! 『ムネマサ』の限定30食の中華弁当! やっと今日ゲットできたんですよ~。」

嬉しそうに買ってきた弁当を見せた。



「は・・?」



「この前、玉田さんが買ってて。 いつ行っても売り切れなんですよ。 今日は、12時5分前にこそっと抜け出して買ってきたんです! あ~、うれし~。」


「そう。よかったね…」

力が抜ける。


「今度高宮さんも買ってみてください。 ほんっと美味しいんですって!」

と言ってすうっと行ってしまった。



どうでも

いいことだったのか???

怖くてそれ以上つっこむこともできなかった。



自分らしく

楽しく過ごしたい。

夏希は高宮の告白を聞いても、前に出ようとは思わなかった。


心のどこかで

ありえないって。

気持ちがあるから。


彼にとって自分は宇宙人みたいなもんで。

珍しい生き物をちょこっと見たかっただけなんじゃないかって。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る