第56話 夏空(2)

最近は

斯波に怒られる回数も減ってきて。

ようやくいったいこの部署がどんな仕事をしているかが見え始めてきた。


楽団員の名簿を整理していて、

「たくさん、いるんですねえ。 オーケストラってそんなたくさんでやるんですか?」

夏希が隣にいる八神に聞くと、


「ま、うちはそれでも少ないほうだと思うよ。 もっと増えればいろんな楽曲もできるし。 まだ学生の子たちもいるから交代で出たりしないといけないし。」


「そういえば、八神さんって前に北都フィルの楽団員だったんですよね?」


「ああ、ウン。 大学卒業して・・2年半くらい。」


「なんの楽器ですか?」


「オーボエ。」


「オオボケ?」


夏希が聞き返すと、そこにあった消しゴムを投げつけ、


「おまえ、今わざとボケただろ! んっとにもう、鬱陶しい!」


「わ、わざとじゃないですって! え? なに?」


「オーボエ! って知らないの?」


「あたし、楽器なんてほんっと縁がなくって。」


「管楽器だよ。クラリネットとかそういう感じの、」


「ふうううん。でも、すごいですね。 一応、入るのに試験とかあるんですか?」


「あたりまえだろ。 ま、でも、ほんっとまさかプロオケに入れると思ってなかったから。入れた時は嬉しかったなあ~。」

八神はそのときのことを思い出しうっとりしていたが、


「フロオケ?」


夏希がまたも空耳状態だったので、


「耳の中に、なんか住んでるだろ?」


八神はもう笑うことさえも忘れてしまった。 



あっという間に


もう夏の日差しだった。

梅雨明けにはまだ少し、という7月初め。


「あ~、今頃、斯波さんたちはラブラブビーチですかあ。」


八神のぼやきが聞こえる昼下がり。


「まだついてへんのと違う?」

南がパソコンのキーボードを叩きながら言う。


「ついててもついてなくても。 ラブラブはおんなじでしょうが…」


斯波と萌香はタヒチへ早めの夏休みで旅行へと出かけた。


「斯波ちゃんも萌ちゃんもさあ。 ほんまに休みもなくがんばってるんやから。 たまには二人して旅行くらいさせてやらないと、」


八神はぼーっとして、

「栗栖さんの水着姿は見たいけどなあ・・」

妄想しながら言った。


「不純やなあ、」

南は笑った。


「斯波さんだってね。 あんな怖い顔して、絶対ワクワクしてますよ、」


「ハハ。確かにね、」


「あ、志藤ちゃん。 これ、見てもらうようにって斯波ちゃんから言われてるんやけど、」

南はさっきまで作っていた膨大な資料を彼に手渡す。


「な・・なに、こんなに??」


「志藤ちゃんにチェックしてもらってって。」

攻撃的に彼の手にねじ込んだ。


「あのヤロ…」


斯波がいない間、志藤は久しぶりに事業部の責任者の仕事をすることになったのだが。


「あ、志藤さん。 今度の定期公演の概要なんですが、」

玉田もやって来た。


「あ! 待って! その前に、この前のマサヒロさんのドイツでの演奏会の報告書。」

八神も慌ててやって来た。


「こらっ! 一列に並ばんかい!」

もうキレそうだった。


「斯波ちゃんはさあ。なんでも『そこ置いといて。』ってボソっと言うだけやけど、ちゃんとすぐにやってくれるんだよね。 すごいよね、」


「あ~~、なんか、仕事思い出すだけで時間がかかる!」

志藤は頭を抱えた。


「斯波のヤロー…。おい! 栗栖の水着姿をパソコンに送っておくように言っとけ!」


仕舞いにはそんなことも言い出し、みんな苦笑した。

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