第52話 前進(1)

彼のことが

男の人として好きかって聞かれたら。


まだまだ

きちんと答えることはできないけど。


少しだけ、

ほんの少しだけ

彼という人間が見えた気がした。


思い上がりじゃなかったら。

あのレインボーブリッジの見えるデッキで二人でならんでいつものように

自分のバカバカしい話で

彼は心の底から笑ってくれてる気がした。


自分じゃない人に無理やりされているって

どんな気持ちなんだろう。


その彼の圧倒的な寂しさは

想像もつかないけれど。


かわいそうとか

そんなひとことで片付けたら

すごく失礼な気がする。



そんなことがあって

夏希は以前のように彼のことを意識することもなく明るい気持ちで接することができた。


「え? ほんとですかあ? んじゃあ行ってみましょうよ、」


「今日はちょっと都合が悪いけど、明日なら。」

廊下で立ち話をしている夏希と高宮を斯波はチラっと見て、少し不審そうな顔をして事業部に入っていく。



「なあ…」

そして、そっと萌香に声をかけた。


「はい?」


「加瀬と高宮。 ってどんな接点?」


いきなりのフリに、ドキンとした。


「え? あ~…どんなって。 最近、一緒にでかけたりしてるみたいですけど。」

どこまで話をしていいかわからず、語尾を濁した。


「はあ?あいつらが?」


彼が驚くのも無理はなく。

普通の生活をしていたら、絶対に交わることのない二人に見える。


「って、なに、そういうこと?」


「そういうことってどういうことかわからへんけど。 まあ、高宮さんは本気なのかなあ、て感じで。」


「まっすます。なんで??? なんで、加瀬??」


冷静な斯波が見た目にもうろたえている。


「それはわからへんて。 でもまあ、加瀬さんはまだまだなんだかよくわかってないところもあるみたいなんですけど。」


「ちゃんと加瀬に聞いてこいよ、」


「は? なんで? なにを聞くんですか・・」


「どう考えたってヘンだろ。 あいつと高宮なんて。」


「ヘンって、」


「あんなエリートを絵に描いたようなヤツとだなんて。 絶対にからかわれてるんだ、」


「そんなに決めつけて、」


「萌は心配じゃないのかよ、」


「え・・まあ、心配じゃなくもないですけど。」


「加瀬が傷ついたら、どーすんだ、」


斯波はそう言って、すうっと行ってしまった。



心配してるんや。


萌香はそんな彼がとても微笑ましく思えた。



まあ

私だって

彼女が傷つくのは見たくないけど。


「ほんとなんですか? それ・・・・」


「にわかに信じがたい話だけど。 ホントらしいですよ。」


「でも本気なんかなあ。 向こうは。」


「私は信じてもいいと思うんですけど、」


「あいつ何考えてっかわかんないもんな~。」



そこに

「なにしてんですか? みんなして集まって。」

夏希が戻ってきた。


すると、みんなパッとクモの子を散らすように、そそくさとその輪を解いた。


「何でもないって、」

南は夏希の背中を叩く。


「おまえ、早く回覧回せよ。また総務から怒られるから、」

八神も夏希の机にたまった業務連絡の回覧を指差して言った。


「あ・・はあ・・」

怪訝そうな顔で周囲を見る。

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