第21話 素顔(2)

あっという間に、夏希の前に美味しそうなチーズリゾットとサラダがやって来た。


「う・・わ~~! おいしそう! いっただっきまーす!!」

夏希は嬉しそうにもりもりと食べ始めた。


その食べっぷりを見た斯波は呆れて、

「よく食うな・・」

と言った。


「内臓はピンピンしてますから! すみません、おかわりありますか?」

図々しく皿を差し出すと、斯波は、はあっとため息をついておかわりをよそりに行った。


「斯波さん、お料理上手ですね~。あたしより絶対に上手だ・・」


「ひとりが長かったから、」

ボソっと言う。


「普段は。栗栖さんが?」

と突っ込むと、



「えっ!」


斯波はあからさまに動揺し始めた。


そんな彼にかまわず、夏希は

「ほんっと栗栖さんってきれいで優しいし色っぽいし、仕事もできるし。 言うことないですよね。 斯波さんは幸せだなあとか・・」

どんどんしゃべり続ける。


調子に乗ってしゃべっていると、いきなり斯波は彼女の後頭部をぺしっと叩いた。


「いった~~い。 何するんですかあ・・」


「いいから早く食え!!」


子供のように叱られてしまった。

それでも

最初はただただ怖いだけだった彼の意外な一面が垣間見えたようで夏希は少し嬉しかった。



翌日。

斯波が出勤しようと、鍵を閉めているところに隣から夏希が杖をついて出てきた。


「あ、斯波さん。 おはようございます! 昨日はごちそうさまでした!」

元気よく挨拶されたが。


「どこ、行くの・・?」


斯波は彼女の格好を見てそう言った。


「え、会社に決まってるじゃないですか。」


「それで?」


斯波が驚くのも無理もなく。

彼女は上下ジャージにリュックという格好だった。


「え、ダメですかあ?」


「電車乗るんだぞ?」


「学生時代はこれが普段着でしたよ。移動もジャージが基本ですから!」

夏希は胸を張った。



「それにしても…」


「両手が塞がるから、リュックじゃないと。 そうすると、スーツ着るのも変じゃないですか。 ジャージしかないですよ。 動きやすいし。」


社会人としてどうなんだ…


斯波はそう思いながらも、面倒くさかったので


「ま、いいか・・」


彼女の格好は見てみぬフリをすることにした。


「今日は栗栖さんは?」


「直行で横浜。」


「ゆうべも遅かったみたいなのに、大変ですね。」


「彼女は事業部の仕事も志藤さんの秘書の仕事もしてるから、」


「そうかあ。」

斯波と駅まで歩いていると、杖の先が道路の端の側溝の網にひっかかってしまった。


「わわっ!!!」


つんのめりそうになる彼女を、

「あ、あぶね!」

斯波は慌てて抱きとめた。



へっ??


夏希はびっくりして体が硬直した。


「バカだな。ほんっとおっちょこちょいだな。」

斯波は落とした杖を拾ってくれた。


「・・す、すみません、」


心臓がバクバク音を立てているのがわかる。


「駅の階段から落っこちるなよ。」

斯波は呆れたように笑って言った。


笑った…


その笑顔にもきゅんとしてしまった。


彼氏いない歴22年。


免疫ゼロの彼女にはあまりに刺激が強く…。

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