第22話 素顔(3)

「なに、そのカッコ、」


なんとか社に辿りついたが、今度は志藤に指摘されてしまった。


「ダメでしょうか?」


夏希はようやくジャージで出社することが、常軌を逸脱した行為なのではないかと思い始めた。


「でっ、でも! ジーンズとか普通のパンツだと、このぐるぐる巻き包帯で穿けないっていうか! あたし、まだ有給だってほとんどないのに、休んでられないし!」

思いつくままの言い訳をした。


「それにしてもな。 よう受付通ってこられたなあ。」

感心してしまった。


「いちおう警備員さんには止められて、社員証の提示を求められて、」

と言うと、周囲は爆笑してしまった。


「そりゃ、怪しすぎますよね。ジャージは。」

玉田は笑っちゃ悪いと思いながらも、笑ってしまった。


「ま、いっか。 こういうやつがいても。 事業部やしな。」

志藤は妙な納得をして自分の席についてしまった。


「でも、そのカッコでお客さんの前に出るなよ。」

と念を押すことを忘れなかった。



午後になって出社した萌香も、

「よくここまでたどり着けたわね。」

と夏希の姿を見て感心した。


「この格好じゃなくて来れる方法を教えてくださいっ!」

夏希は彼女に泣きついた。


「はあ?」


「軽い普段着だと思ってたのに。もう、みんなあたしがパジャマで来たかのような目で」


本気で悩んでいる彼女がかわいくて、萌香はぷっと吹き出してしまった。


「・・栗栖さんまで、」


「ご、ごめんなさい。 ううん、しょうがないじゃない。 その包帯が取れるまでだし。」

精一杯の味方をしてくれた。


ほんと

キレイだなあ…

栗栖さん。


夏希は彼女に見とれてしまった。


そうだよね…。


斯波さんとお似合いで。


今朝、思いがけず彼から抱きしめられてしまった(?)ことを思い出して、夏希は押し黙ってしまった。


チラっとデスクワークをする斯波を見る。

タバコを手にしながら、ああやっていつもパソコンで書き物をしている。


怒られてばかりで、

怖いとしか言いようのなかった彼が、すっごく


言いようによっては精悍な顔だよね…。


などと思えるようになり。


今まで自分が出会ってきたことがない、大人の男性だった。


きゅん・・・・


また胸が鳴った。


ハッとして胸を押さえて、


あたしはここにスピッツでも飼ってるのか?


自分につっこんで、ぶんぶんと頭を振って、

「栗栖さん! この書類なんですが…。」

いきなり勢いよく仕事を始めた。

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