第17話 光と影(3)

「八神さんって、その今、ウイーンに行ってるっていう人ですか?」

夏希は南に言った。


「うん。そう。 来月の半ばくらいに戻ってくる。」

八神の頭の中でこの新入女子社員の妄想が広がっているんじゃないかと想像するだけでおかしくてたまらなかった。


「あ、そうだ。 斯波さんが、あとでオケの打ち合わせに連れて行ってくれるって言うんです。」

夏希は嬉しそうに南に言う。


「え? ほんま?」


「なんか嬉しくって! でも、なんもしゃべるなって言われてるんですけど、」

と付け加えて、


「なに、ソレ~。」

南は吹き出した。


「何でもいいです。 嬉しいなって、」

無邪気に喜ぶ彼女が微笑ましかった。



とりあえず、その打ち合わせに連れて行ってもらったが。

行きの電車の中では、斯波は一言もしゃべらない。


ほんと

無口な人だなあ…。


夏希はその空気を打ち破ろうと、


「さっき、出てきたところにいた犬、見ました? ほんっと間抜けな顔で、」

どうでもいい話を向けるが、無言…。


「斯波さんって、本当に無口な方ですね・・」

思ったことをすぐ口にしてしまう彼女が思わず言うと、いきなりジロっと怖い顔で睨まれた。


「あ! すみません、すみません! ウソです!」

何がウソだかわからないのだが、恐怖のあまり我を忘れてしまった。



打ち合わせ中も約束どおり、夏希は一言もしゃべらずにじっと話を聞いていたが、大学の講義を聴いている気持ちになって眠くなってしまった。


みんなが言っていることが・・よくわからない…。


「おい!」

寝ていることを見破られて、斯波は夏希を小突いた。


「はいっ! はいっ…なんでしょう?」

オーバーにリアクションをすると、


「ちゃんと話、聞いとけ!」

ものすごく怒られた。



夏希の地獄のような時間は過ぎて、二人は駅までまたも無言で歩いていた。

すると


「もー! だからちゃんと打てっつただろ~!」

公園の脇を通り過ぎようとすると、少年たちが何やらもめている。


「あんなとこに突き刺さっちゃったじゃんか! どーすんだよお。」

金網の高いところに野球のボールが食い込んで取れなくなっているらしい。


「し、斯波さん!」

夏希はいきなり斯波に自分の荷物を手渡す。


「は?」


「ちょっと待っててください!」

彼女は一目散にその子供たちの輪の中に駆け出して行った。


「おい!」

斯波は彼女の突飛な行動に慌てた。

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