第16話 光と影(2)

その後、向かいの事業部に立ち寄ると、

「はいっ! クラシックじごうほんぶですっ!!!」

夏希の元気な声が聞こえた。


「ハハハっ…」

志藤は思わず笑ってしまった。


「あ・・本部長、」

夏希は彼を見た。


「ほんと、噛んでるよ。」


「えっ、噛んでましたか?」


「自覚症状がないのが笑えるな。 で、もう立ち直ったの?」


「え、別に倒れてませんから! それより、早口言葉の練習とかしたほうがいいですかね??」

大真面目に言うので、


「ちがう、ちがう。」

笑って否定した。



ほんま

おもろい子やなあ。



「斯波さん! さっき中丸設計の社長さんからお電話があったんですけど、この納期…」

夏希は斯波に歩み寄る。


「それは今朝言っただろ?いっぺんで聞いとけ!」

顔も見ずにそう言われた。


「すみません!! 今度はメモしておきますから! もう一度お願いします!!」


「声、でっかいなあ…。ほんっとにもう、」

斯波は夏希にファイルを手渡す。


「ありがとうございます!」


彼女の声に斯波は耳を押さえた。

みんなその様子に笑いを堪えた。



あれからも

何度も何度も斯波に怒られ。

それでも夏希はめげずに彼にぶつかっていく。

その姿が事業部のみんなの胸を打ち。



「ほんまに根性あるわね。 彼女、」

萌香は斯波にそっと近づく。


「やかましいだけだ、」

斯波はパソコンに向かい、いつものように仏頂面で言った。


「明るくて。 元気がよくて。 いい子が来てくれたと思って。 何でもソツなくできる子はいると思うけど、あの明るさは貴重よ。 教えたってできるもんやない。 まだまだ手がかかるけど…」

萌香はクスっと笑った。


「ま・・男前かもな。」


それは斯波が彼女に対して初めて言った”褒め言葉”に聞こえた。

彼らしい言葉だった。



夏希は怒られながらも懸命に頑張っていた。


「はいっ! クラシック事業本部ですっ!」


今日も張り切って電話を受けて。


「お、噛まなかった。」

南はこっそり笑う。


「えっっと…クラシック事業部ですよね??」

電話の向こうの声の主は不思議そうに言った。


「はい、そーですけど、」


「斯波さんは、」


「どちらさまですか?」

夏希がマニュアルどおりに相手の名を聞くと、


「あ…っと、八神ですけど。」


「八神・・さん?」

すると、南が慌てて電話を取って、


「あ、八神? 久しぶり~。」

彼と話し始めた。


「・・今の、誰ですか?」

怪しんで聞かれ、


「ああ。 ほら新入社員の子。」


「あ、そっか。 デカい声でしたけど…」


「ついこの間まで女子大生やったんやで~」

南が彼の想像を煽るようなことを言うと、


「…かわいい、ですか?」


八神は気になる質問をしてみた。


「え? ・・うん! かわいいよ! めっちゃかわいい!」

南はことさら大きな声で言った。


「そうかあ・・かわいいのかあ。」

八神はかみ締めるように言う。


「で、どうなん? そっちは夜?」


「ええ。 もう、マサヒロさんに振り回されて大変。 疲れて、」


「大変やな。 でも来月の中旬には戻れるんやろ? もちょっとやから頑張って。 今、斯波ちゃん出かけてるねん。 あとで用件メールしといて。」

南はそう言って電話を切った。

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