第15話 光と影(1)
社長室をノックしてそっと入っていく。
仕切られた応接室から話し声がする。
客か。
志藤は北都社長に目を通してもらう書類を彼の脇机にそっと置いた。
「いや、本当にご無沙汰してしまって。 来月の息子さんの17回忌にお伺いできずに申し訳なく思っています。」
社長の声が聞こえる。
応接室は簡単なパーテーションで仕切られているだけなので、客の顔がチラっと見えた。
「いいえ。 お忙しいでしょうから。」
あれは…
元財務大臣の高宮代議士。
そう
高宮隆之介の父だ。
「もう17回忌ですか。 早いものですね。」
「もう一区切りつけないとならないのですが。」
「いい息子さんだっただけに無念のお気持ちお察しします。」
「隆之介にも立場をわかってもらって頑張って欲しいのですが。 こちらにお世話になっておきながら、申し訳ないのですが。」
「本人はなかなかその気にならないようです。」
「私も糖尿の持病がありまして。 先月も検査入院してきたばかりなんですよ。 そろそろあいつに立ってもらって・・と思うのですが。」
北都社長は黙っていた。
「この前も。 二葉銀行の頭取の娘さんとの縁談があったのですが。 隆之介ときたら写真も見ずに断って。 非の打ち所のないお嬢さんだったんですよ? それを。 まったく何を考えているのかわかりません。」
高宮代議士は大きなため息をついた。
「長男の慎之介が亡くなった時、隆之介はまだ小学生で。 跡継ぎである覚悟もまだまだできていませんでしたから。 なんとか教育を、と思ったのですが。いきなり中学を卒業したらアメリカに渡ると言い出すし。 それも勉強だと思い、許しましたが。 大学院まで出たら、こちらに就職すると言い出し。 北都グループさんとは父親の代からずっと懇意にしていただきましたから、普通の仕事をするのもまた勉強になる、と。 それでも、ゆくゆくは私の地盤を継いで立ってもらわないと。」
「彼はまだ若いです。 いろんなことをしたいのでしょう。 先生もまだまだお元気ですから、焦らずに。」
ふ・・ん。
志藤はそっと社長室を出て隣に繋がる秘書課に戻る。
自分のデスクについて、タバコに火をつけた。
ますます。
なんであいつ
こんなところで働いてるんやろ。
あんなに父親から熱望されてるのに。
兄貴が亡くなったんか。
おそらく跡継ぎであろう、兄貴が。
まあ、普通の家庭なら次男のあいつが継いでしかるべきなんやろけど。
高宮がいつものように険しい顔で秘書課に戻ってきた。
いっつもこういう顔してるし。
笑った顔さえあんまり見たことない。
「なあ、」
志藤は高宮に後ろから声をかけた。
「はい?」
くるっと彼のほうを振り向く。
「お父上、社長のトコに来てる、」
と社長室の方向をタバコを持っている手で指差した。
「ああ…そうですか。」
それがなにか?
と言わんばかりに気にもせずパソコンを立ち上げた。
ここに彼が来て1年。
誰とも打ち解けずにストイックに仕事に打ち込んでいる。
ナンパな志藤に時には軽蔑をしたような意見も言い、ジュニアで専務の真太郎にでさえ言いたいことはハッキリ言う。
ヘンなヤツ…。
志藤はタバコの煙を吐き出した。
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