第9話 蒔く(4)

「ピアニスト…」

夏希はつぶやくように言った。


「知らん? けっこう有名になったかなあと思ったんやけど。」

志藤も笑う。


「・・すみません。」

そう言われてちょっとしょぼんとした。


「手えのかかる義弟でな。 自分でなんもでけへんねん。 だから。」


「そうなんですか。 でもその八神さんって人の机を掃除してたら、ガンダムのフィギュアとか飾ってあって。 本立てのところにもチョコがあったり。」

夏希は思い出して言う。


「え~? あいつそんなもん隠してるの? しゃあないなあ。 ほんまね、八神は子供やから。 そやな、あんたと気が合いそう!みたいな。」

南は目を輝かせる。


「ああ、そうかもね。 同じ星の人って気がする。」

玉田もにっこり笑った。



「同じ星の人かァ。 会ってみたいなァ、」


「あ、そんなに夢見なくてもいいから。 大したもんじゃないし。」

志藤は顔の前で手をふって言った。


「八神はいくつになったんだっけ?」

玉田が言う。


「八神はマサヒロと同い年だから…。28ちゃうか?」

南は思い出すように言った。


「栗栖の方が年下やねんもんな。」

志藤がふる。


「ぜんぜん、見えないよね。 萌ちゃんのが貫禄あるって言うか。 志藤ちゃんなんかな、40で子供5人もいるんやで~。」

南のカミングアウトに、


「え! 5人!」


夏希は激しく驚いた。


志藤は南の額をぴしゃっと叩いて、


「人を子作りマシーンみたいに言うなっつの!」

と突っ込んだ。


「いったいなあ…。 ホンマに外ではナルシスト丸出して、女の子にモテるのだけが生きがいのクセして、ヨメには頭上がらないし。」

意外だった。


「そうなんですかァ。 ほんっと最初はホストみたいな人で大丈夫かなあって心配だったんですけど、」

夏希は思ったことをすぐ口にしてしまう性格なので、そう言って胸をなでおろした。


「すごいこと平気で言うね、」

みんな大ウケだった。



「加瀬さんは、カレシとかいるの?」

南は彼女につまみを取り分けて差し出す。


「え。 いませんよ。」

夏希はボソっと言った。


「だって青春の時間を野球に捧げてきたんですよ? いるわけないじゃないですか・・」


「でも、こうして見ると背が高くて凛々しいし。 宝塚の男役みたいな。 顔だって小さくてまあ整ってるし、」


南の言葉に、

「…後輩からプレゼントをもらったりはしましたけど!」

夏希はちょっと自棄になった。


「ひょっとしてカレシいない歴、年と一緒?」

志藤がからかう。


「えっ!」


夏希はものすごく動揺して彼をキッと見た。



そうなんだ…



みんな一瞬のうちにそれがわかって、シーンとした。


「ま、まあ。 加瀬はまだまだ若いからいけるって! なあ、」

それを打ち破るように南が夏希にビールを注いだ。


「なにがいけるってゆーんですかァ…」


夏希は大きなため息をついてビールに口を付けた。



萌香はにぎやかな席を外して出口に足を運ぶ。

地下1階のこの店の入り口に斯波が塀に寄りかかって立っていた。



「もう。来てるなら入ってくればええやん、」

ふっと微笑む。


「もう、終わるころかなって。」

タバコの煙をふうっと吐いた。


「何、言ってるの。 みんな待ってるわよ。」

彼の腕を取った。

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