第46話

「――となると、母さんの実家は県外だから――あ……あの山道通っちゃうんじゃ……?」


 金見市は東西と北の三方を山に囲まれて、南が海へと開けている所謂扇状地って呼ばれる地形になっている。


 当然、東西方向は国道やら高速道路やらが通っているから特に問題は無いんだけど、北側は東西方面に比べて行き来する人間が少ない所為で、あまり大きな道路が造られていない。大きくても精々が片側二車線程度、狭い所になると車一台がギリギリ通れる程度だったりする。


 それで、母さんの実家へはその北側の道を通る必要があるんだけど、その道の中には例の事故現場が含まれてるんだよね。


 いやね、僕達家族が最後に行った旅行ってのが、母さんの実家に寄りがてら観光地をぶらっと周るってカンジでして、その帰りにあのカーブへ差し掛かったワケですよ。


 まあ、それは置いといて……

 その~、なんだ……父さんや母さんや兄さんが、そんな実際にあんな目に遭うって場所を通るんだよね、多分。


 いや、僕がこうして存在してる以上、万一の事態なんて絶対に起きようも無いって分かってはいるんですよ?

 そもそもゴールデンウィーク最終日の夜なら、いつも以上に車も少ないハズだし……


 だけど、だからと言って放っておけるほど楽観的なオツムはしてな――


 って、あれ?

 いつの間にベランダの縁に足掛けてんの?

 ココ、一応十五階なんですけど?

 そんでなして迷わず跳んでんの?

 いや、今は飛んでるけど。

 『ヒモ無しバンジーからの潰れたヒキガエルコンボ』なんてならないけど。


 ……うん、コレはアレだ。

 『口より先に手が出た』的なカンジか。


 ま、こんなの今更か。

 さっき見付けた時とかもこんなだったような気がするし、そう言えば魔界アッチ放浪してた時も似たようなカンジだったような……?


 って、飛ぶんだったら高度上げないとマンションがメチャクチャに――なんて危惧を察していたのか、自走中の身体は真っ直ぐ北を目指しながらも、グングンと上昇し続けてる。


 あ!

 でも多分、ベランダの窓は開けっ放しにしちゃってるんじゃないかな……?


 一応、二十五階建ての十五階だから、地上から登ってきたり屋上から降りてきたりなんて不法侵入はできないと思うけど……それに、もうチョットで家人が帰ってくるんだから、少しぐらいなら問題無いか……


 などと、異世界帰りとは思えない(悲)エラく真っ当な心配を抱きつつ、グイグイと猛スピードで飛んでいると、程無くして例の事故現場予定地――正式名称なんて知らぬ――の山道が見えてきた。


 視界に入っただけでまだまだ距離があるけど、街灯が殆ど無いその道路は偶にポツポツと貨物トラックのライトが通りかかるだけで、父さん達が乗ってそうな乗用車は見当たらない。


 ……もしかしたら、もう父さん達は金見に帰って来ていて、今頃はどっかの御店で晩御飯でも食べてるんじゃないかな……?


 うん……そうだ。

 そうに違いない。

 『万一なんてあり得ない』なんて言うから、如何にも何か起こりそうだって思っちゃっただけだよ、うん。

 大体、ココ以外のif軸上のキューブが全部消えてた上に、ココのキューブ列が途中で枯れてた以上、このif軸上では僕の誕生が確定してるんだから、逆説的に父さんや母さんの生存も確定してるし、やっぱ余計な心配だったかなあ。


 なんて思いつつも、身体の方は辿り着いた未来の事故現場上空で静止して、偶に視界に飛び込む動く光点を追っていたりするけど。


 いや、だって仕方ないじゃん!

 幾ら考えても『考え過ぎ~』とか『心配性~』って単語しか思い浮かばない頭の中に、CHOKKAN先生が今まで聞いた覚えが無いぐらい大音量な警報を流し続けてるんだから!


 ああもう、ホント何なん!?

 なんでこんな不安になんの!?

 どうしてこんなに落ち着かねえの!? 


 っつうか、先生アナタ『絶対にココを離れるな』ってのと『今すぐココから逃げるのだ』ってのを同時に鳴らすなよワケ分からんわ!!

 一体全体何が起こるってんだ教えてくれCHOKKANシショー!?!!!!


 ――ハァ、ハァ、ハァ……ハァ~、確かに先生にはいつも助けられてるけど、その助言が具体的じゃないのもいつも通りなんだから、今更文句なんて口に出すだけ野暮か……


 それに多分、『離れるな』って言うくらいだから、きっと何かしら起こりはするんだろう。

 そして、『逃げろ』なんて言うからには、恐らくその何かは僕にとって良くない結果を齎す出来事なんだろうさ。


 でもスァ~、もう現場まで着いちゃってるワケだスィ~、ココでその何かを確かめずにおくのはモヤモヤするスィ~、それにタイミング的に考えたら、その何かには僕自身じゃなくて父さんや母さんや兄さんが関わってそうだスィ~……ハァ、しゃーないか。


 てなワケで、その何かが始まるまではじっくり待k――あ、ああ?

 なんか、今までのトラック共より短い射程のヘッドライトが見えるんだけど。


 今飛んでるのはさっきと同じくらいの高度だから風と距離で視覚以外利かないけど、アレってもしかしなくてもトラックじゃなくて乗用車だよね?

 しかも、兄さんが産まれる時に父さんが買い替えたって言うミニバンに見えるんだけど?

 しかもソレ、金見方面に向かってんだけど……え、ええ~っと、お、おかえり……?


 ――じゃなくて!

 あ~、いや、うん。

 無事に帰って来てくれてるのは嬉しいんだけれども、そーゆーこっちゃねえんダヨ!

 ココまでくれば、流石にこの後の展開も予想付くわ!!


 ヨーするにアレっしょ?

 『二度ある事は~』的展開なんでしょ?

 コレが二度目だけど!


 って、あーッ!!

 ミニバンが例の事故カーブへ差し掛かりそうになってるゥッ!!


 しかも、対向車線には図ったみたいにトラックが迫ってて、元々人通りが少ない所為なのか、それとも日頃からの慣れが原因なのか、スピード出し過ぎ気味なままカーブに迫ろうと――



 ギュォビュバッ――――!!!!!!



 ……気付いた時には、既に凄まじい風切り音が鼓膜を強打していた。

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