第45話

 ――っと、噂をしていたら、僕達の住んでいるマンションが見えてきた。


 金見の駅にほど近い住宅地と繁華街の境目に建てられたそれは、六十メートルを優に超える高さの二五階建てで、その十五階の一室が僕達黒宮家の住まいだ。


 って言っても、ココがいつなのか分からない以上、迂闊に飛び込んだりはできないけどね。

 確か、父さんと母さんが結婚してすぐに引っ越したって話だから、十四、五年前くらいなら二人が居るとは思うけど……


「………………確認、しとくか」


 ポツリと溢してから、僕はさっきまでの騒音や暴風やらを撒き散らすような速度をガクッと落として、ゆっくりと忍び寄るように降下を始めた。


 一応、人が居るであろう建物に近付くんだからって事での配慮なワケだけど、そうして距離を縮めるたびに身体の末端が微かに震える。


 もし、その部屋に誰も居なかったり、或いは別の他人が居たりしたら……そうでなくとも、突然現れた僕の言葉を父さんや母さん――キューブルール的に、兄さんは居たとしても赤ちゃんだろうから――が信じてくれるかどうか……いや、それ以前にこの時代、このifが僕の居た世界ではなくて、父さんも母さんも兄さんも居なかったりしたら……


 そんな不安が心に巣食い、身体と魔力を鈍らせてる。

 身体の方は震えとか動悸とかがある程度だけど、魔力の方は微妙に深刻で、落とそうとした以上に速度が落ちてるような気がするって状態だったり……


 いやいや、アカンて。

 これから対決するのは、ある意味でなんかよりもずっと厄介な『運命』とか『因果』とかって呼ばれる不変不可視の怪物なんだから、もっと気合入れないと!


 魔力タップリ筋力タップリなドラゴンハンド×2で恐竜チックに大きく裂けてる両頬をブッ叩きつつ、感覚的に落ち過ぎた速度を戻す。


 なんて事をしている内に、目的の部屋のベランダが視覚以外の五感の知覚範囲にまで迫っていて、耳に、鼻に、肌に、それぞれの感覚器官に外部刺激が流れ込んでくる。

 だけど、そのどれにも父さんや母さんの存在が引っ掛からない。

 いや、それどころか、その部屋に人が居る感覚すら拾えなかった。


「……なんで? どっか出かけてんの? それとも、そもそも空き部屋だったとか……?」


 安心したような不安になってきたような、そんなどっちつかずな状態のまま、やっぱり身体の方は自走を続けていて、目前に迫ったベランダへ華麗な宙返りを披露しつつ着地。


 シュタッ。

 ……やっぱり反応が無い。

 十五階のベランダに上から何かが降ってきたって状況で無視できるほど、この部屋の住人は無関心な現代人化が進んでるのだろうか?

 それともやっぱ無人?


 ――とも思ったけれど、ガラス窓の向こうでレースのカーテン越しに家具が見えたり、機械のモーター音が聞こえてたり、油やら食べ物やらの残り香が香っていたりするから、少なくとも空き部屋ってワケではなさそう……無人なのは否定できないけど。


 取り敢えず――と、徐に伸ばした指先に魔力を込めずに魔法発動。


 照準はベランダの窓ガラスの鍵で、使うエネルギーはクイッと曲げた指先の運動エネルギー。


 丁度、普通に手で金具を捻る調子で使った干渉魔法は狙いも力加減も違わず発動し、ガラス越しに金具が黒炎で包まれる。

 そうして、黒炎が晴れると窓ガラスの開閉を封じていた留め具は、もはや意味を成さぬ武骨な飾りと成り果てて――なんつって。


 さて――じゃあ、お邪魔しまーす。


 カラカラカラと窓ガラスがスライドし、外から入った風がカーテンをふわりと膨らませる。

 んじゃあ、と持ち上げた足を踏み出そうとして、『そう言えば、ずっと素足だったから、このままだと床汚しちゃうか』って事で、再び魔法発動。


 照準は今まさに振り下ろされようとしている足裏にこびり付いた汚れ達で、運動エネルギーはその脚に生じる余剰分を使用。


 すると、足がフローリングに触れる直前に現れては半瞬以下で消えた黒炎により、足裏に付着していた森の土やら枯れ葉やらがキレイに剥がされてはベランダへと吹き消えていった。


 もう一方の足でも同じ事を繰り返し、両足ともまっさらな状態で入室してから、改めて部屋の中を見回してみる。

 当たり前だけど、間取りについては前から知ってる通りで、僕が今入った部屋は所謂LDKってヤツだね。


 しかも、置かれてる家具はテーブルもイスもソファーだって、どれもこれも見覚えのある物ばかり――いや、それよりも随分と綺麗だな。

 まるで新品だ。

 それから、外からも微かに聞き取れていたモーター音の源泉へ視線を送ると、キッチン部分に置かれた見覚えのある冷蔵庫に行き着いた。

 これも新品同然だけど、僕が見知ったヤツとは別物みたい。

 そう言えば、何年か前に買い替えたんだっけ?

 それに、リビング部分に置かれてるソファーの対面にあるテレビも随分と分厚い。

 コレも確か、僕が小学校低学年の頃まで使ってたヤツじゃなかったっけ?


 そんな一目見ただけで既視感に眩みそうになる光景に見入ってしまっていたけれど、最終的にテレビの両隣、テレビ台の上に置かれた置時計とカレンダーへと視線が釘付けになった。


 置時計はデジタル時計で、現在の時刻だけじゃなくて日付まで表示されるヤツなんだけど、ソレによると今は五月五日の火曜日。

 時刻は午後七時二三分。

 カレンダーの上側に書かれてる西暦は、丁度兄さんが産まれた年になってる。

 兄さんの誕生日は四月五日だから、この年月日が正しければ、父さんも母さんも結婚して夫婦になってるどころか、兄さんが産まれてから丁度一ヵ月経ってるって事になるね。


 なるほど、流石はCHOKKAN先生!

 怖いくらいアタリを引きまくる貴方様にはいつも御世話になっております。


 でも、なんで誰も居ないんだろ?

 五月五日って言えば、丁度ゴールデンウィークの最終日なんだから、誰かしら居てもおかしくないと思うんだけど……?


 なんて首を捻りながら手掛かりを探していると……なんて事は無い、フツーにカレンダーに書いてあった。

 『帰省』って、二日から五日までの四日間を貫通してる矢印と一緒に。


 つまり、父さん達は恐らくは母さんの実家の方へ、産まれたばかりの初孫を見せに行ってる――いや、時間的には今まさにコッチへ帰って来る最中なんだろうけど。

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