第47話

 いや、そんな悠長なコト言ってる場合じゃない!!


 もっと、速く!!

 もっと、魔力を!!

 もっと、もっと、もっともっともっともっと!!!!!!


 高速飛行中のが見据える中、ミニバンもトラックも既にカーブの目前にまで迫っていて、トラックの方は危惧していた通りにスピードを出したままカーブへ入ろうとしている。


 なのにオレの方は、未だ手足どころか角も翼も尻尾ですら届かないような距離に居る。クソッ!!


 ――もっと、もっとだ!!

 ふり絞れッ!!

 ココで動かなきゃ――ココで届かなきゃ、なんの為に帰って来たってんだッッッ!!!!!!


 魔界を進んだその果てでと対面した時に抱いたものと同等以上の激情がドコに在るかも分からない魔臓器に注ぎ込まれ、人間界って悪条件を物ともせず吼え猛るような勢いで魔力を生成していく。

 その魔力を叩き付けるように放出し、後先なんて考えないまま躊躇無く突撃。

 今まさにカーブへ入った自動車二台、中でもより巨大な鉄屑の横っ腹へと肉薄し――



 ドッ――ゴォオオオオオッッッ!!!!!!



 至近距離で雷が炸裂したかのような轟音と共に、トラックはオレの体当たりを食らった貨物に引き摺られるようにしてコンクリで舗装された山肌へと激突した。

 土砂崩れ防止用のコンクリに巨大なクモの巣を描いたトラックは、車体が衝撃でくの字に曲がった大破状態だが、運転席側は比較的原型を留めている。


 勿論、トラックの運転手を死なせない為に配慮した結果だが、それに重ねて運転手の肉体へ掛かる負荷を体当たりの運動エネルギーの一部を使った干渉魔法で相殺させたから、恐らくは掠り傷の一つすら負っちゃいないだろう。


 ……咄嗟だったから、成功したかどうかチョット不安だけど――じゃなくて!

 見ず知らずのオッサンなんてどうでもいいわ!!


 そんな事より、ミニバンの方は――


「…………ぶ、無事か。ハァ……」


 コンテナの凹みに嵌まっていた身体を引っこ抜いて視線を巡らせると、カーブを通り過ぎた反対車線に本命の車が止まっていた。


 ボディは記憶にある通りの青――いや、少し真新しさがあるか……

 とにかく、見知った色合で、オレとトラックの衝突に驚いて急停車したのか、地面に黒いブレーキ痕を残しつつ軽くスピンしたらしい車体がコチラを向いてて――


「――――ッッっ!!!!!!」


 ――言葉が出ない。

 口は開いてるハズなのに、喉は張り付いちまったみてえだ。


 視線の先、運転席と後部座席に見えるその顔は、記憶にあるものよりも幾分か若々しく見えるが、だからと言ってそんな程度の事で見間違えるワケが無い。

 アレは――あの二人は父さんと母さん、黒宮ジュンと黒宮ミオだ。


 となると、後部座席に座る母さんの隣の見覚えがあるベビシートの中には、写真でしか見た事が無い赤ん坊の兄さんが居るんだろう。角度的に顔は見えないが……

 まあとにかく、オレは今まさに待望の再会を果たしたってワケだ。


 なのに……魔物バケモノとデタラメな自然環境が振るう暴力で満ちた地獄の中で幾度となく思い浮かべ、叫び、焦がれたハズなのに、もう一度会えたのなら必ず話そうと思っていた事が山のようにあったハズなのに――オレはただ、呆然と立ち尽くす事しかできなくなっていた。


 え? 『家族に会えた程度の事がそんなに嬉しいの?』『前から妙にファザマザ入ってるとは思ってたが、もう中二だってんならそろそろ親離れしたらどうだ?』だって?


 ――いや、いいや。違うさ。そんな事で固まっちまったワケじゃあない。


 それに、親愛の情をなんでもかんでもコンプレックス呼ばわりする風潮やら、大事な人達を軽んじるような発言やらは是正すべきだと思うが、そんな事も今はどうだっていい。


 そうじゃなくて……いや確かに、父さんや母さんの元気な姿をもう一度見られたのは素晴らしく嬉しい事だけど、オレが動けなくなったのはそんな事が原因ってワケじゃない。


 視界に映った二人の顔が――その表情が、これまで一度も見た事が無いものだったから驚いたんだ。


 子供視点の主観だが、父さんも母さんも人の親として素晴らしい人達だ。


 二人とも仕事があって忙しいハズなのに、朝とか夜の食卓や休日なんかにも当たり前のように時間を作ってオレや兄さんの事を気に掛けてくれて、いつもいつも大変だったろうにそんな素振りなんて一瞬たりとも見せずにいてさ。

 何か叱られるような事をしちゃった時とかも、感情任せにガミガミ非難するんじゃなくて、キチンと順序立てて納得できるように諭してくれたりしてさ。


 そんな人達だったから、子供の前で見せる心の底からの表情ってのは、喜怒哀楽の四種に準じた善意的で温かななものだけだったんだよ。



――だから、父さんと母さんの恐怖で引き攣った顔なんて初めて見たんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る