第10話

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――そうして、気が付いた僕は見知らぬ場所に突っ立っていた。



「――――ん……んん? な、なんだ、森? って事は……帰って、これたのか?」


 パチパチと瞬きを繰り返しながら周囲を見渡すと、そこは『緑溢れる~』と言う表現が嵌まり過ぎるくらいに植物だらけの場所だった。


 僕らが事故に遭った時、最終的に僕らが乗っていた乗用車は崖下の森の中に落ちたから、帰って来た僕が現れる場所としては相応しくも思うけれど、それにしては何かオカシイ気が……

 そう思った僕が木漏れ陽の隙間から崖上のガードレールを探そうと視線を上げたけど、幾ら見上げてみても木々が邪魔でガードレールどころか青空すら見えない。

 いや一応ね、魔界アッチで習得した反響定位エコーロケーションで崖がすぐ近くにあるって分かったんだけど――


「……? ココってこんなに木生えてたっけ……?」


 山道と言っても、車でチョット走ればすぐに住宅地や繁華街が見えてくるような場所なのに、これじゃまるで人の手が全く届いていない原生林みたいだ……

 背筋に這い寄るような違和感を置き去りにしようと、また魔力を使って移動しようと思った所でもう一つ別の異変にも気が付いた。

 いつもの調子で魔力を練っても、普段の百分の一ぐらいの量しか生成できなかったのだ。


「これは……そう言えば空気がムワッとしてない。やっぱり魔粒子が無いのか? それに、さっきより魔力が目減りしてる? って事はココが人間界で間違い無さそうだね……」


 今の寂しい独り言の中で呟いた《魔粒子》ってのは魔界特有の物で、簡単に言えば魔界の水や空気なんかに混ざってる魔力の元となる謎物質の事だ。

 前に魔物共の一匹を捕まえてイロイロ吐かせた聞いた時の事を付け加えると、なんでもこの謎物質には魔力の元になるだけでなく魔力の存在強度を補強する働きがあるらしい。


 『存在強度って何? 聞いた事も無い単語なんだけど……?』って思ったそこのアナタ!

 大丈夫、僕も聞いた時分かんなかったから、ちゃんと掘り下げて貰ってるよ。

 え~っと、確か『対象を世界に留めさせる不可視の力、その強さ』だったかな? うろ覚えだし、よく分からなかったけど。

 まあ、要は魔粒子があると魔力を創り易くて使い易くなるって事だね。


 ちなみに、それを聞く時、『存在強度ってなんだ? 聞いた事もねえ単語で誤魔化そうとすんな。もっと分かり易く端的に述べやがれ』って丁寧に質問したら魔物君の方も気を良くしたのか、消し飛んだ足を押さえて滂沱しながら快く答えてくれましたまる


 そんなワケで、魔粒子の無いこの世界でも十分な肉体強化やら魔法やらを使うべく、普段より意識的に練った魔力で全身を覆い、強化した脚力で葉っぱと枝の天井へ向けて跳躍。

 思ったよりもずっと勢いが出なかったけれど、それでも障子紙でも破るように緑の笠を突き破った僕は、放物線を描く前に虚空に留まった。


 うんうん、不発になるかとチョット不安だったけど成功だね。

 それに、人間界コッチ魔界アッチでの出力の変動具合もなんとなく分かったのも収穫かな。

 これなら、ちゃんと意識してれば無闇に壊したり殺したりせずに済みそうだ。


 今、僕の身に起きた変化は《変身》。

 魔物共が自身の肉体を創造し、維持する為に使う《物質生成魔法》によって生み出した僕専用の鎧を着込んだんだ。

 まあ、鎧なんて言うと語弊がありそうだけど、一応は生身の身体だから人間の姿と同じくらい自然でずっと強力なんスよ。

 ついでに、十人十色って熟語とか主義主張や好悪に個人差があるように、この魔法で創れる身体は個体毎に見た目も中身もバラバラ。

 僕の場合、転移後の冒頭で憑依された魔物に引き摺られたのか『全身真っ黒のドラゴニュート』ってカンジ……なんだけど、厳つい角とかデカい翼とか長~い尻尾まで生えてる所為で、シルエット的には『尻尾と翼と角の自己主張が強烈な恐竜面の悪魔』になってたりする。


 え? 『魔法ってんなら呪文唱えろよ、詠唱文くらい考えろ手抜きワナビが』? 『オイ、魔法ってんなら魔法陣はどうした? まったく描写されてねえじゃねえか』?


 HAHAHA、御冗談を。

 大体、そんな無駄な隙を晒してたら生き延びさせて貰えないでしょ?

 それこそ、あっと首チョンパされちゃうって。


 それに『魔法』って呼名は、『共が使ってる超自然的な現象を起こす能力』って所から僕が勝手につけただけだし。

 だからまあ、御忠言通り魔法陣や呪文が無い以上、本当は『能力』とか『スキル』とでも呼ぶべきなんだろうけど、ソレだと超常現象を起こす源になってる力――魔力――の呼名がフワフワしちゃうからね。

 仕方ないね。


 で、巻き起こす暴風による周囲への被害を無視すれば、魔力と変身の身体強化のおかげでそのまま羽搏くだけでも十分飛べるバカデカな翼から魔力をブッ放して浮遊してるんだけど、どうにもキナ臭いでせう。


 いやね、パッと見は普通に森と山が広がってるだけなのよ? それだけなら、誰もオカシイなんて思わないでしょ?

 でも、車で三十分も要らない距離に街があるハズなのに、舗装された道路とかその脇に立ってるハズの電柱とか街灯とかの人工物が全く見当たらないのは流石にオカシイよね?

 そう言えば、予想していた排ガス臭さとかを全く感じないし、そんなカンジのを撒き散らす文明の利器達の騒音も聞こえないし、逆に濃過ぎる緑の匂いに動物園のふれあい広場とかで嗅いだような獣臭さが混ざってて、ソイツらの鳴き声まで聞こえる。


 ……コレ、もしかするともしかしちゃうのでは?


 何とも嫌な予感に駆られ、暗幕みたいな翼で思いっ切り空気を殴り付けると、生み出した揚力に高燃費低出力となってしまった魔力放出をガン積みして事故現場(?)を後に。


 そのまま、街があるハズの方角へ向かってノンストップで突っ切ってみたけど、行けども行けども木の葉の緑以外の色を視認できず、排ガスやエンジン音も確認できない。

 変身前から諸々の影響で全体的に肉体がスペックアップしてるおかげで、各種感覚器官の性能とか脳の情報処理能力とかも上がっていて、それを変身で更に底上げしているのだから見落とすワケ無いのに……


 この状況は山や森だけでなく、河や平原までも素通りにした所で変わらなくて……段々血の気が引いてきた。

 これじゃまるで、しょうもないサスペンスホラーのエンディングみたいじゃないか。

 まさか、辛く苦しい冒険の果てに辿り着いたのが誰も居ない世界だなんて。

 夢オチ並に性質が悪い――



 な~んて思い始め掛けた矢先、遂に、やっと、とうとう、人が居そうな痕跡を発見した!

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