第9話
――そこに踏み込んで最初に感じたのは、妙な既視感を誘発する浮遊感だった。
ドコでこんな体験したんだろう? と、首を傾げる僕の脳裏に
僕が魔界などと呼ばれる摩訶不思議な異世界へと渡るキッカケになったのは、もはやこの手の御話では定番になってるトラック事故の所為なんだけど、僕の場合で最悪なのは転移者である僕に引き籠りとかネトゲ廃人とかの負け組設定が組み込まれていた事なんかじゃなく、その事故に巻き込まれたのが
そう、事故に遭ったのは僕だけじゃなかったんだよ。
運転手だった父さんや助手席の母さん、冒頭で言った魔界での同行者である兄さんも、居眠り運転でもしてたんじゃないかってトラックがカーブに突っ込んできた所為で、四人揃ってガードレールの外に広がってる真っ暗な崖下へ突き落されたんだ。
……で、既視感の正体はその時の転落体験だった。
まるで、内臓に紐を括り付けて滅茶苦茶に引っ繰り返すような感触は、苦痛への耐性ができていてもやっぱり不快だ。
とは言え、僕が居る場所はヤツ――《魔王》を斃して手に入れた空間魔法で開いた魔界と人間界を繋ぐ異空間の中で、ココを通らないと
そんなワケで不機嫌な顰め面になっていた僕は、音も臭いも無くて色彩まで曖昧な無重力空間を進み、これといった障害に出くわす事も無く無事に目的地の手前、極彩色のアメーバみたいな空間の穴の前へと到着した。
多分、これこそ僕が元居た世界――魔物達は人間界と呼んでいた――への入口だと思う。
あ、さっき『空間魔法で開いた~』なんて言っちゃったから分かり辛かったかもだけど、元々世界には果物の皮みたいに世界そのものを包み込む異空間が存在していて、世界間を渡るにはこの異空間同士を繋げるのが一番簡単で効率が良い――らしい。
イメージ的には田んぼと川を繋ぐ水路みたいに思ってくれればいいけど、生憎、この水路は僕が掘ったわけじゃなくて元からあったヤツなんだよね。
つまり、僕が開いたのは魔界と人間界を直接繋ぐ便利なワームホールじゃなくて、
で、ココまで来て今更躊躇うワケも無く踏み込むと……
「……なんだ、コレ? ルービッ○キューブ?」
僕を迎えてくれたのはコンクリートジャングルとか雑多な喧噪とかの人の営みなんかじゃなく、今まで滞在していた不思議世界に勝るとも劣らない意味不明な光景だった。
さっきまでの、虹色とか玉虫色とか瑠璃色とかのクレイジーカラフルな背景が嘘のような真っ白い空間に、燦然と輝く謎の巨大物体が鎮座していたのだ。
カシャカシャと脈動する神々しいそれを見て、思わず口を突いて出たのは世界一有名な立方体パズルの名前だったけど、目の前のそれは箱と言うより柱か塔と呼ぶべきだろう。
まず何よりも、デカい。
それはもう前置き通りに……いや、デカ過ぎる。
遠過ぎて構成するキューブがどれくらいの大きさかは分からないけど、そのキューブが六桁の六桁乗倍――どころか、六桁の六桁累乗はあるんじゃね? ってぐらい膨大に積み重なっている。
その『膨大に~』ってのが具体的にどれくらいかって言うと、現時点で結構離れてるハズなのにテッペンも底辺も見えないほどであります。
まさに『天を衝く』ってスケール。どゆ事なの?
しかも、キューブは時間と共にその数を増やし続けてるみたいで、僕が見上げる先で巨大キューブ達は絶えず騒音を掻き鳴らしながら一個一個ではなく、一列、また一列と全体を激しく組み替えながら天高く増殖を続けてる。
その威容はまるでファンタジーの世界樹かSFの軌道エレベーターだ。
まあ要するに、遠近感が盛大に誤作動を引き起こすほどの異次元スケールな建造物ってワケで、異空間の入口辺りでフワフワ突っ立ってる僕からすると、マスの凸凹が見え辛くてとち狂ったサイズのド長い円柱に見える。
そして、その顔無し巨大トーテムポールが撒き散らす光は虹やシャボン玉みたいに不安定で、カシャカシャ動きながら波打つように変色し続けるものだから、もう、大層目に悪いでせう。
通路の時と違って、背景の異空間が原k――雪国みたいに白一色なのも災いしてるね、うん。
「これが……僕達が居た世界――人間界なのか……?」
てっきり宇宙空間にでも放られると思ってたから、なんとも言えない感覚に襲われて思考が止まってたけど、取り敢えず身体の方は自然とその巨大円柱の元へと向かっていた。
ちなみに、この無重力空間での移動には、さっきの通路から引き続き魔力を使っておりやす。
原理としてはロケットエンジンが近いかな?
練った魔力を進行方向の逆側から噴射させて、望む方向へ進む為の推進力にしてるカンジ。
魔界を旅する途中で谷とか空とか海とか砂漠とかを超える時にも、よくこの方法で飛んだり泳いだり走ったりしたけど、これが結構スピードが出て便利なんだよね~。
んで、ひとまず真正面のキューブの元まで来てみたけど、この電柱型立体パズル、一体どんな親切設計がされているのか、僕が一定距離まで近付くと回転と増殖を止めてくれていた。
『おお、これは――もしかして歓迎されているのでは?』と、そんなどうでもいい事を頭の隅で思いながらも、意識の大半は真正面のキューブに釘付けだった。
縦横の長さは二メートルくらいで、色は魔界にはあり得ない温かみのようなものさえ感じさせる深い緑色。
僕はいつの間にか早鐘を打っていた心臓の鼓動に導かれるまま、その深緑色の光を放つ滑らかな表面を撫で――
「――うわッ!?」
謎の吸引力を感じた途端、僕の身体はキューブの中へと吸い込まれてしまった。
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