第7話

「なっ……!? 何で!? き、傷が……無い!? そんな訳……!?」


 うんうん、御理解頂けたようで何より。

 コッチだってたった一人で生き延びたり生き延びするような環境へ放り込まれたんだから、今更そんな数センチ程度の傷なんて心電図が『ピッ』って言い終える前に完治するっての。


 一応種明かしすると、これもアッチで覚えさせられた特殊技能で、最初に気絶する直前に使おうとしたアレと同じ魔法の一種……って、んん? なら頭痛が来るハズでは……?


 ……まあ、今の所は何ともないんだから深く追求すんのは止めとこ。

 どうせなら、湯船に浸かってゆっくり考えた方が集中できそうだし。

 ってなワケで、何とかさんは風呂場まで案内してくれないかな? いつまでも人の顔面ペタペタしてないでさ、ね? ネ?


「あの、ですから、大丈夫なんで取り敢えず身体洗わせて貰えませんかね? 服の方だって、早く洗わないとシミになっちゃいますよ?」


 つるりと無傷な額をいつまでも拭き続けて睨めっこする何とかさん。

 正直言って今すぐブッ飛ばしたいほど不快だけど、原因はコッチにあるわけだから我慢、ガマン、がまん。


 そんなふうに、頬がピクピクする愛想笑いを続けながら蟀谷辺りで浮き出そうになる青筋をなんとかしようとしていると、何とかさんの方も漸くその圧し折り易そうな手を放してくれた。

 表情の不承不承感半端じゃないけど。


「ほ、本当に大丈夫なんですか? 何処か痛い所とかはありませんか? 些細な事でも正直に教えて下さいね? 私達は貴方の快癒の為に全力を尽くしますから」


 白衣の何とかさんは疑惑を一旦棚上げしつつ、真っ直ぐな目で真摯に訴えてきた。

 しつこいな~、大丈夫って言ってんのに。

 大体、治るも何も殆ど不死身の僕が一体どんなビョーキに罹るってんだ? って、確か『未知の病原体が~』って話だったか。

 じゃあ、お医者さんが浮足立つのも無理はな、い……? ……んん? 病原体?


「はぁ、ありがとうございます…………ところで、確か僕は隔離病棟に移されるような病気に罹ってるんですよね? なのに、そんなヤツの血に触っても平気なんですか?」


「――!? ………………」


 ワザワザ確認するまでもない事だけど、病原体って要するに細菌とかウイルスの事だよね?

 で、そんな類のヤツって吐息とか体液とかで感染するって相場が決まってると思うんだけど、その汚染済みのアブナイ血液に何の躊躇いも無く触っちゃうお医者さんって、不用心を通り越してなんか怪しくない?

 例えば――


「聞いた話によると、僕の身体から見つかったのは未知の病原体らしいけれど、そんなのに罹ってるって聞けば、中学生の僕でもソイツの血には触らないようにしますよ? なのに、自分からワザワザ拭いに来るなんて……まるで病原体なんて存在しないみたいじゃないですか?」


 思わず吊り上がってしまう両頬を放置しながら真っ直ぐ問い掛けると、何とかさんは懐の紙束がバレてたと知った時と同じような表情で押し黙っちゃった。

 やっぱ図星なのね……


 でもまあ、予想してなかったってワケじゃないから、嘘吐かれたってのについては別にどうでもいいんだけど。


「……良ければ、僕がココに連れて来られたホントの理由を聞かせてくれませんか? 僕の担当医だって言うなら、今までの経緯いくらい知ってるハズだろうし」


「そ、それは…………」


 あ~あ、口籠っちゃったよ。

 どうしようかな……繰り返すようだけど、僕って対人スキルのレベル低いから、相手に進んで喋って貰えるようなトークスキルの持ち合わせは無いんだけどなあ……


 ……ん? 『じゃあ、何で最初にこの部屋で放送を聞いた時、それを聞いただけで相手の体型や年齢なんかを推測できたんだ?』だって?

 そりゃあ、勿論! ……も、勿論…………アレ? 何でだろ?


 あ! そうだよ! 何とかさんがダメなら、お喋りが好きそうで僕の事情にも詳しそうな方に直接聞けばいいじゃん!


 じゃあ早速行動しよう! と、どうでもいい逡巡を放り捨てて清々しい気分でベッドを降りた僕は、壁に刻まれた長方形の凹凸の前に立った辺りで、もう一つの問題に気付いた。


「……コレ、どうやって開ければ良いの……?」


 そう、この部屋唯一の出入口っぽい壁のスライドは完全な自動式らしくて、何処にも取手は付いてないし、そもそも何とかさんも出入りする時に何かしらの機械操作をしたりはしてなかったんだよね。


『それじゃあ、御自慢の魔力(笑)とか魔法(笑)で無理矢理開ければ?』ってお言葉通りにいきたいトコだけど、壁を引っ掻いただけでブッ倒れたし……って言うか、今もチョット思い付いただけなのに頭の奥が疼いてきてるし……どーしよ?


「……あのぉ、スイマセン。ココ開けて貰っても良いですかね? 少しはキレイにしたいし、他に事情を知ってそうな人にも会いたいし……え~っと……?」


 首だけ向けてそう聞いてみたけど、何とかさんは相変わらずベッドの方を向いて俯いたまま黙っていたから、僕の言葉が届いているのかどうかも分からなかった。


 ムムム、この場合はどうするべきか…………あ! そうだ!


「オ~~イ、聞こえてますかぁ~? チョットお風呂借りたりとかしたいんで、ココ出たいんですけどぉ~。オ~イ、オ~~~イ、オ~~~~イ…………」


 ってなカンジで、天井の角に向けて呼び掛けてみたんだけど――やっぱ、反応は無しか……


 ハァ~~~ア、全く!

 目に悪いくらい潔癖症な部屋に、患者の質問に全然答えてくれないお医者さん。

 極め付けは中の人間の自由意思を蔑ろにして閉じ込め続ける扉!

 このオモシロオカシイ状況はどうしてやればいいのやら。


 そう言えば、トイレ行きたくなったらどうすれば良いんだろ?

 まあ、こんな身体になってからは餓死にも縁が無くなって、随分前から何も食べてない所為か催した覚えも無いけど、そうじゃなかったらどうするつもりなんだ?


 …………でもまあ、別に良いか!

 今言ったみたいに、トイレも食べ物も要らないし、服だってアッチに着いて数日でダメにされてからはずっと放置してたし、何より、寝床が地面にそのままじゃない上に命の危険も無いんだから、これ以上は無いってネ♪ まあ、血塗れなのはご愛敬で。


 と、まるですっぱいぶどうの狐じみた事を思いながらベッドへ足を向けると、僕の背後から扉がスライドする音と何とかさんが纏ってるのと似たような薬品の臭いが届いた。

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