第6話
確か、僕は……さっきの…………夢の中で………………ん~~~~……?
比喩でなく本当に頭を抱えて考え込んでみたけれけど、答えなんて出やしない。
それに体と心を蝕む不快感は一向に収まらない。
寧ろ、それが種火になって腸がグツグツと煮立ってきてるのが分かる。
全体重を乗せた空手パンチじゃないんだから、普通の中学生の指圧や握力に頭蓋骨を脅かすような威力なんて無いハズなのに、いつの間にか頭からミシミシと軋むような音が直接鼓膜に響いてくる。
「……何なんだ、くそ、くそっ、くそ! 何でこんなに落ち着かない? 何でこんなに不安になる? 何でこんなに居ても立ってもいられなくなってくる? 何でこんなに……」
今までの二度と同じく既に頭痛自体は引いていたけど、腹の中に据えられた得体の知れない感情の所為で心身共々制御が難しくなってきてる。それが自覚できてる。
今にも制御を離れた身体が
それこそ天啓とでも呼べるような閃きによって、僕の中のよく分からないスイッチがオンになったようなカンジがした。
そのまま、謎の頭痛に代わって頭を締め付ける痛みなんて些末事を置き去りにして、僕の足りないオツムがグルグルと回り始める。
――そうだ、そうだよ!
折角苦労して帰って来たって言うのに、僕は何でこんなワケ分かんないトコで大人しく缶詰めにされてるんだ!?
いや、そうじゃない。コッチに帰って来たからには、僕には行きたい場所が――目的があるハズなんだ! それがどうして何一つ思い浮かばない!? それすらも忘れてるって言うのか!?
……違う。そんな程度の事だったら、僕は今頃息をしていないハズだ。
だとしたら、考えられるのは――
そこまで考えた辺りで、警告するように脳の奥底から不穏な熱が昇り始めていたが、一足遅かった。
僕はもう引き返せないトコにまで――固く閉ざされた扉の前にまで辿り着いていた。
――僕は既に目的を果たしているんじゃないか……?
瞬間、今までと同じように激烈な頭痛が脳内を駆け巡った。
「――ッ、~~~~ッっッ、ッグ……ァぁア、ア……~~~~ギ……」
脳味噌が沸騰するような灼熱の痛みだけれど、今回は今までと違って磨り減るくらいに歯を食い縛り、意識を失わないよう無理矢理に堪える。
自分でもよく分かっていないけれど、忘失してしまった《目的》とやらについて思い出せなければ事態は何一つ進展しないと直感が叫んでいたからだ。
でも、このままじゃそれも長く持ちそうにない……いや、そうじゃない。
必要なのは時間じゃなくて、埋もれた記憶を掘り起こす為のもっと強い集中力。
もっと、もっと、深く、深く、集中して――
と、僕が深く沈む記憶の隅に手を掛けた辺りで、真っ白い壁が口を開いた。
「辰巳君、目が覚めまし――、辰巳君!? 大丈夫ですか!?」
ポッカリと開いた壁の穴から入ってきて素っ頓狂な声を上げたのは、さっきもこの部屋に来た女医の……え~っと、確か……た、たち……? そう、タチ~何とかさんだった。
ウンウン唸りながら頑張っていた所へ大声をブチ込んで邪魔した何とかさんには軽くイラッとしてはいたけど、その声に宿る切迫した響きと敵意の無さに免じて顔を上げた。
すると、瞼の上が何かで濡れていて、手や顔から塩っぽさと錆びっぽさを足して二で割ったような、激しく嗅ぎ慣れた臭いがしてたので、パチパチと瞬きしながら視線を下ろすと、
「…………………………何、コレ……?」
何故か、掌と服とシーツが真っ赤になっていた。
どうやら、深く沈んでいたのは意識だけじゃなかったみたいだ……『ドコにナニが~』を明言するとグロッグロになりそうだから詳細は省くけど。
まあ、そんな有様だったんだから、医療従事者である何とかさんは大慌てだ。
何とかさんは殆ど掴みかかるような勢いで僕の元まで駆け寄り、僕の顎を両手で捕らえて出血箇所を確認すると、天井の――恐らくは集音マイクでも仕込んであるらしい場所を見上げて『直ちに処置を開始します!! 準備して下さい!!』と叫んだ。
「辰巳君!! 私の声が聞こえますか!? すぐ治療しますからそのまま動かないで下さい!!」
……いや、用意してくれた清潔な御部屋をこんな派手に汚しちゃった手前、不用意に触れられようと、女性らしい高周波ボイスでキンキンと吠え立てられようと、ストレス性のツンとしたイライラするような体臭を嗅がされようと、大人しく我慢し続けるだけの申し訳なさはあるけどさ、だからって
そんなカンジに考えていた僕は、真っ赤な掌を病院服で適当に拭いながら口を開いた。
「いや、あの……だ、大丈夫ですから放して貰えませんか? あと、治療じゃなくてお風呂の準備をして欲しいんですが……?」
不快な何者かを突き飛ばさずに我慢している僕にしてみれば大分譲歩しているこの申し出は、
「安静にしていて下さい!! 治療器具が届くまでに応急処置を進めますから!!」
ピシャリと遮られてしまった。なんか笑えない冗談とでも思われてしまったらしい。
……まあ、良いんだけどね。どーせ、血を拭き取っちゃえばすぐ理解できるだろうし。
と、思っていたら、何とかさんは懐からこの部屋に落とすと見付けられなくなってしまいそうな色のハンカチを取り出し、顔からベッドにまで落ち広がる真紅の源泉へ押し当てた。
そうして、僕の額で清潔そうな布切れが紅く染め上げられて肌色が垣間見えるようになると、予想通り何とかさんは瞠目してしまった。
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