第5話

「――――フッ!!」


 意を決して短く吐き出した呼気に合わせるように、僕の苗字を捩って設えたかのような黒い光の粒子が右腕から湧き上がり、それが瞬きすらする間も無く腕全体を万遍なく覆う。

 すると、まるで豆腐を掴むかのように呆気無く真っ黒な五指が白い壁へと沈み込んでいった。


 ――皆さんも御察しの通り、魔力にはフィクションのスーパーパワー宜しく自分の肉体を強化する働きあるのだ。

 これは体内に溜まっている分でも量に応じて自動的に発動するけれど、今みたいに体外へ纏わせた方が強力になる。

 イメージには、《友情・努力・勝利》的な御歴々を思い浮かべて頂ければ……


「よし! これで――


 と、思いの外スムーズに事が運んで、ほんの少し気が緩んだ所を見計らってか、



『――も――』


「――――ッ!!!!!!」



 三度みたび、例のアレが襲ってきた。

 しかも、今度は謎の幻聴なんて不気味なオマケ付きで。


「――ッっっ……っく、あッ……ハ――――ッつ…………クっ、な、何で……こんな……」


 一度目と同等の激しい痛みに、僕は思わず開いていた左手で掻き毟るみたいに頭を押さえるけど、どうにも引きそうにない。


 でも、三度目という事もあって頭痛の発生条件が何となく掴めてきた。

 どうもこの原因不明の頭痛は、僕が魔界で出くわした魔物共とを使おうとした時に発生するみたい。

 その証拠にと違って《魔法》は発動させずに魔力だけを使ったのに反応したからね。


 ただそうなると、僕の『ココの人達は無害』って直感は的外れで、この頭痛は僕の動きを封じる為に彼らが何かした、って考える方が理に適っているように思えるけど……う~ん?


 ――あ~あぁ……ダメだ。また気が遠くなってきた……


 そう思った途端、校長の長話で立たされ続けて貧血を起こしたみたいに目の前が真っ白にチカチカと明滅してきて、両膝はマラソン大会で走り疲れたように崩れ落ちてしまう。


「――っく……くっそ、ホントに何、なんだ…………あの、デブ中年……次に話し掛けてきたら――ッ、っ……ぜ~~~~~ったいに……とっちめて、やる……」


 頭痛による全身の虚脱感は魔力で強化していた右手にも影響を及ぼしていたみたいで、いつの間にか僕の身体は最後の支えすら失って、投げ捨てられて潰れたスライムみたいに床の上で伸びていた。


 嗚呼――ヒンヤリした床が熱っぽいオデコに当たって、チョット気持ち良いかも……じゃなくて!

 この鬱陶しい頭痛首輪をどうにかしないと、ふとした弾みに気絶しまくって満足に生活できやしない………………って、あれ? でも、そう言えば、二度目の時は別に何もしてなかったような――



『――ャア!! オギ――!!!! オ――ア!!!!!!』


『――掴まっ――』


 ……何だろう? 何か聞き覚えのある懐かしい声が響いてる。

 でも……懐かしいハズなのに……ずっとずっと待ち望んでいたハズなのに……その声を聞いていると頭が割れそうになる……


『――のような――も――んかを――たかった――ない!!』


『貴方み――――のなんて、私の――じゃない!! 私の――を返して!!』


『俺は――助ける為に――懸けたんだ!! お前みた――化――なんか――――!!』


 ……段々と音が鮮明になってきたけど、さっきまでよりなんか声が老けてきてる……?


 でも……そうだ、まさにこの声が聞きたかったハズなんだ。


 その為にあの地獄を生き抜いて、襲い来る敵は誰も彼も殺して殺してころして殺して殺して、殺してコロシテ殺して殺し尽してッ!! 最後には――さんと――さんを――せた上に、目の前で嗤いながら――さんまで奪ったアイツをブチ殺して!! やっと……本当に、やっとの思いで帰って来たんだ……

 だから!! 誰もあんな事言うワケが無い!!

 いや、そもそも僕がのは僕が産まれる以前のだったんだから、――さんは僕の顔なんて見た事が無いし、――さんは僕を生んですらいない。――さんに至ってはまだ赤ちゃんだったじゃないか!


 だから、今聞いたのはバカな思い込みが生み出した下らない幻聴だ!!

 誰もあんな事は言っていないッ。

 あんな――



『このッ、化物めッ!!!!!!』



「――――――違うッッッ!!!!!!」


 ……叫んで跳ね起きた僕の視界に映ったのは、代わり映えのしない真っ白な壁だった。


 そこそこ深く眠ってて意識が無かったから具体的にどれぐらいの音量を吐き出していたかは推察するしかないけれど、怪獣の超音波攻撃でも喰らったみたいに個室を満たす残響を聞けばさっきの叫び声がトンデモな破壊力があったんだろうな~とは思う。


 で、その反響音を聞く限り、気を失っている間に今までの部屋から移されたってワケでもなさそう。

 扉の対面にある壁に五本の傷跡が刻まれたままなのが聞こえるしね――って、うっさいなさっきからハァハァドクドクと!


 そんなカンジで僕の思索を遮ったのは、他ならぬ僕自身が吐き散らす荒く乱れた吐息と肋骨を突き破りそうな心臓の鼓動音だった。

 それらの肉体が無闇に放ちまくる対ストレス対策のシグナルに加えて、胸の内を焼き焦がすように燻る不快感の所為で思考が定まらない。

 無駄だと分かってはいても、取り敢えず落ち着かなくて両の掌で半分ずつ額と両眼とを覆いこむけど、やっぱり何にも好転しない。


 でも、アホみたいに頻発する頭痛と違って、この不調の原因はハッキリしている。

 直近に見た夢が元凶、それが分かっているだけまだマシだけど、問題は夢の内容がもう朧気になっていて思い出し辛くなってきている事かな……

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