第4話

「……あ~、えっと、ですね……そう! アレです! 寝惚けてたんです! 丁度ゾンビに追われるパニック映画みたいな悪夢を見たばっかりで! いや~、夢と現実がごちゃ混ぜになっちゃったんですね! アハハ、アハハハハハ……」


 あ~もう、なんかもう、咄嗟に思い付いた言い訳がアホ過ぎて言ってる間に力が抜けてきた。

 と言うか、そもそも言い訳にすらなってない。これで一体何が誤魔化せると言うのか。

 そもそも魔界アッチで『考えるな、感じろ、そんで殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!!』みたいな生活してた所為か、考えるって作業の時点でスンゲー億劫だ。もうブン投げてよいかね?


 そんなカンジで炎天下に放置された早贄みたいにカラッカラッに乾いた笑い声を上げる僕に同情したのか、何とかさんもヒクヒクと引き攣る口元を無理矢理動かしてくれた。


「……ア、アハハハ……そ、そうですか、それはそれは……え~っと、このは他の先生から借りた物で……問診票代わりに病状を書き込むのは憚られるので……そ、そう言うわけですから、一度戻りますねっ」


 そう言って何とかさんは座っていたパイプ椅子から立ち上がると、それと同期するようにスライドした壁の一部、ポッカリ開いた長方形の出入口へ白衣をマントみたいに翻しながら去って行った……最後の一言だけは焦っていたのか少し不自然な早口になってたけど。


「はぁ、分かりました。どうぞごゆっくり……………………ごゆっくり……?」


 まあ、そんな事よりも海の底で擬態するカレイやヒラメのように口を開いた自動ドアの方に視線を奪われていた僕の返答は、酷くお粗末に過ぎるものだった。

 しかも、そのドアは僕の見ている前でまた殆ど無音のまま素早くスライドし、また傍目には只の壁にしか見えないような状態に戻ってしまったのだから、ナナフシだってビックリだ――って、なんでこれほど出入口にばかり意識が向くのか。


 と、僕が動物番組に出てくる擬態生物達みたいな扉に見入っていたら、その扉が再びスライドして秘密の出入口を露わにした。


「………………」


 無言で見詰める僕の前に現れたのは何とかさんだった。

 何か忘れ物でもしたのかな?


「ア、アハハハ……チョット忘れ物しちゃいました」


 ……予想通りだった。ドンピシャ過ぎてギャグかと思ったよ。

 気不味さを誤魔化す為か、不自然な笑顔を浮かべながら部屋に踏み込んだ何とかさんは、そのまま真っ直ぐベッド脇の器具台と機械の傍まで行くと、それらから伸びる取手を掴んだ。


「それでは、また後ほど窺いますので、それまでキチンと休んでいてくださいね」


 未だ壁際に居たままだった僕へそう告げると、何とかさんは颯爽とこの部屋を後にした……途中、ベッドに置き去りになっていたマスクが管に引っ張られて落下し、それを何とかさんが慌てて回収する、なんて寸劇が繰り広げられたけど。


 まあ、今見た何とかさんのドジが天然なのかワザとなのかはさて置いて、その何とかさんが持ち込んだ機械を回収してくれたおかげで気付いた事があった。

 それは、壁から聞こえ続ける音が何かしらの機械の駆動音だったんだって事だ。

 その証拠に、起きた時から至近に置かれたストーブみたいにジリジリと僕を苛んでいた騒音が、ベッド脇に置かれていた機械を取り除いた事で幾らか治まっている。


 ナカ何とかと名乗った中年が最初に語り掛けてきた時、イロイロ疑問に思う事があった。

 その内の一つは、このベッド以外何も無い部屋を監視する方法についてだったけど、これで予想が付いた。

 恐らく、この部屋の壁には天井のスピーカーみたいに監視カメラが仕込まれてるんだ。

 大方、『貴重な研究サンプル~』とやらの観察の為に、赤外線カメラみたいになんかよく分かんない技術が組み込まれた特別なカメラでも使ってるって事だろう。


 二度も爆睡しておいて何を今更と思われるかもしれないけど、他人に見られてる状況で安穏としてられるほど豪胆でも無頓着でもない僕としては、この状況は一刻も早く改めたいトコ。


 そんなワケで、背後に佇む真っ白い壁の中でも特に鬱陶しい部分を探り当てると、その場所に右の手を置きながら両眼を閉じた。

 そんで、そのまま息を整えるべく深呼吸、深呼吸、深呼吸……


 い、いや、別にまた謎の緊箍児チックなズキズキに襲われるかもってビビってるわけじゃないんだからねっ。勘違いしないでよねっ。

 これは単にアレだから。腹式呼吸による精神統一みたいなアレだから。

 うん、そうそう、アレだよアレ……アレって何だ言ってみろ!


 ……ウオッホン。そんなカンジに気分も落ち着いてきた所で、僕はパッチリと目を開けて正面のピリピリを見据えると、壁に押し当てたままの掌へゆっくり力を込めていく。


 当然ながら僕の握力なんて平均的な中学生のそれと大差無いから、このままどれほど力を込めたとしても、圧で白くなった指先は一ミリたりとも動かないだろうね。


 だから、僕は魔界で習得せざるを得なかった特殊技能の一つを行使する事にした。

 と言っても、さっきまでの『キミって実はどっかの先住民?』みたいに思われるようなだけのシロモノではなくて、それこそ《魔物》や《魔界》に相応しい超常の力、即ち《魔力》の運用だ。


 まあ、『魔力(笑)だって? 突然何言ってんだ?』って思うだろうし、僕だって魔界(笑)原産のファンタジーパワーにまつわる原理や法則なんて全然知らないんだけどね。


 分かっている事と言えば、連中がその名もそのまま《魔臓器》とか呼んでる体内器官で生成してる事と、それを消費してトンデモ現象を引き起こしてるって事ぐらいかな。


 え? 『じゃあ、君にもその魔臓器とやらがあるの?』だって?


 いや~、それが魔界アッチで家畜みたいに解体されたのに、それっぽいのは見つからなかったんだよネ~。

 だから、何で僕が魔力を使えるのかは僕自身にも分かりまセ~ン。


 でも、一つ付け加えると、確かに僕は魔力の原理については全くと言っていいほど知らないけれど、それは魔力を制御できないってわけじゃないんだよ?

 みんなも日常的にテレビやパソコンを使ったりしてると思うけど、その機械類がどういう原理で動いてるのかなんて知らなくても、スイッチを押したり、キーボードを叩いたり、幾らでも自由に操作できてるでしょ?

 僕の《魔力》に対する認識もそれと一緒。

『このスイッチを押せば、この電源が入る』ってのと同じで、『こうすればこうなる』ってのはそれなりに経験して学んでるんだ。


 あとは、あの頭痛が襲ってこない事を祈るだけだけど、果たして……

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