第3話
……いや、どうやら何秒も経過していたと思っていたのは僕だけだったらしい。
その証拠に、視界の隅に映る機械のモニターが非常にノロロンとした調子で点滅を繰り替えしてる。
この辺の時間感覚の減速も、やたら鋭くなった五感情報の処理的なのとか他の諸々とかの影響なんだけど、今は脇に置いといて……と、それを意識したからか、グイィッと間延びしていた時間がバチンと弾けるゴムのように元に戻り、僕の視界の中心に鎮座する白衣が動き出した。
「なっ、何が……!? えっと……大丈夫ですか? 今、大分苦しそうにしてましたが……?」
白衣の何とかさんは大変驚いていたようだったけれど、それでも御立派な職業意識で僕の体調を心配していた。
……ん? さっきの『パキンッ』は大丈夫なの? と、視線を巡らせた僕はすぐに所在無さ気に下ろされていた右手を発見し、それの様子を確認した。
すると、驚いた事にその繊手には骨折どころか引っ掻き傷すら見つからなかった。
う~ん……? さっきは殆ど無意識に動いちゃってたから加減する余裕なんて無かったハズなのに、何故に無傷でありますのん?
いや、勿論僕の方も全然本気じゃなかったけども。戦闘力五十三万のヒトっぽくまだ変身とか残して――ゲフンゲフン!
……さて、そろそろ集まった疑問でトランプタワーができちゃいそうなので、ココは一つ、質問コーナーにでも移りましょうか。
――そう、質問。
僕が今から行うのはあくまで質問であって、会話じゃないから大丈夫。
まともな会話なんてもう随分とした記憶が無いけど、質問だったらこれまで学校で先生相手に腐るほどやってきた事だから大丈夫だ、問題無い。
大丈夫大丈夫……
「……ええ、まあ、はい、大丈夫……です。そ、それよりも、その、ソッチの、右手の方こそ大丈夫、ですか? さっき、その、チョット叩いちゃった、と思うんですけど……?」
ま、まあ初めてだし、こんなもんか……さ、さてさて、駆け引きもヘッタクレも無くただ素直に聞いてみているワケだけれども、キッチリ答えてくれるかどうか……
「え……? ええ、大丈夫ですよ、少し驚いただけですから」
……あれ? なんか結構普通のリアクションだ。
特に何かを誤魔化してるふうには見えないし、なんかのスパイ映画とかで言うみたいに心臓の鼓動音とか呼吸音とかの乱れも聞こえなければ、ケミカルが混ざった体臭にも殆ど変化は無い。
まあ、中心に立って王様やヒーローみたいにみんなを導いてた人気者の兄さんと違って、独りぼっちな学校生活を送ってたような僕に、他人の心の内を察してあげられるような類の感性は期待できないから、そもそも相手が嘘を吐いてるかどうかなんて分かりっこないんだけど。
でも……うん。
一つだけ気になるとしたら、何とかさんが懐に忍ばせてる板の一枚が何故か砕けてる事ぐらいかな?
さっきから白衣の中で他の板と欠片が擦れてカリカリカサカサ煩いんだけど。
あ! もしかしたら、さっきの一撃は無意識の内に何とかさんが持ってる武器――になりそうな物――を狙っちゃってたって事なのかな?
それなら何とかさんが無傷な事にも『パキンッ』にも説明が付く。
アレ? でもそれだと、何で三本全部が壊れてないのかが説明できないような……
え? 『何で手を払い除けただけで懐に仕舞ってある物
ま、まあ、その辺の種明かしは追々ね……
まともに
「…………。本当は問診を進めようと思っていたんだけど、もう少し身体を休めた方が良さそうですね。私は一度報告に戻りますから、辰巳君は休んでて下さい。さ、そんな所に居ないでベッドに戻りましょう?」
一人でムムムと首を捻っていたのが余り宜しくなかったようで、何とかさんは僕を気遣うような穏やかな語調でそう提案してきた。
まあ、僕の方としては、さっきの熱っぽいような頭痛がこの短時間で嘘のように引いているので、もう少し疑問の解決に勤しみたいわけだけど。
ついでに、今の何とかさんの発言に出てきた中で聞き慣れない単語があったから、それについても聞いてみようか。
「あ、あの~、えっと、《モンシン》? って何ですか? てっきり薬か何かを飲ませに来たんだと思ったんですけど……?」
相変わらずベッドを挟んで距離を取ったまま、それでも一応迎撃態勢は解除しながらの質問なんだれど、まず《モンシン》って何?
どんな字当てんの?
小さい頃から無駄に健康だったから、お医者さんの言葉にイマイチピンとこないんだけど?
そんなカンジで頭上に浮かぶクエスチョンマークが何とかさんにも見えたのか、少しばかり頬を緩めながら口を開いた。
「《問診》と言うのはですね、患者さんが自覚している症状や今まで罹ってしまった病気なんかについて教えてもらって、その情報を今後の治療に生かしていく診察法の事です。辰巳君も親御さんと病院へ行った時に受付で貰った問診票に丸を振ったりした事はありませんか?」
なんか、予想外に丁寧で分かり易い返答が来たおかげで相手が何をしようとしてたかはしっかり理解できたワケだけれども、最後の質問を聞いてふと思った事があった。
「え~っと、確かにそんな記憶があったような気がしますけど、それなら、ワザワザお医者さんが直接聞きに来なくても、その~問診票? をくれればコッチで勝手に書いときますよ?
そう言いながら僕が白衣を指差すと、なんか何とかさん、すんげ~ビックリしてらっしゃるんですが……何で?
心臓もバックンバックンってうるせーし。
「き、気付いていたんですか……!?」
いや、気付いてるも何も、
「え? そんなの普通に
「――――ッ!?!!!!」
なんかもう、息を呑むどころか息の仕方を忘れたんじゃないかってぐらいメチャクチャに驚いてるけど、そんなにヘンな事言ったかなあ?
だって、考えてもみてよ。奇天烈な姿の化物共と連中が吐いたり投げたりする炎やら氷やら岩やら雷やら鎌鼬やら刃やらが四方八方全方位から殺到する中、たった一人でその全てをどうにかしないといけないなら、目だけに頼ってちゃ絶対見逃すでしょ?
そりゃあ、耳だって鍛えられますよ。
それこそ、目の前の相手が懐に隠した物を自分の声を利用した
まあ、僕の感覚器官全般がアメコミヒーローみたいになったのは、別にその経験だけが全てってワケでもなくて、他にも蜘蛛男の百倍は痛苦しい事情があったりするけど。
でも、それにしたってこんなの魔界とやらで生き残れば誰にでも習得できる基本技能だろうに……、と思った辺りで漸く気付いた。
僕が口にしたのは経験者だけが語れる主観意見でしかなくて、そんな状況を想像もできない相手には到底理解できないんだって事に。
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