第2話

『――――し、投与――』


「……駄――す。――針が――――ません。――にあった――再――では――――」


『おや――、流石――四世紀――現れ――――すね……』


「――――しま――? こ――は、術――に――戻っ――う――が――」


『仕方――――――。人工呼吸器マスク――使――。呼吸――ならば――――しょう』


「承――、――投与し、――! ――――下さ――検――が――醒――――」


 意識のブレーカーが持ち上げられてきた僕の耳にあの中年と誰かの話し声が届いたけれど、まだ覚醒しきっていない所為か内容まではよく聞き取れなかった。


 だからと言って、ハッキリ聞き取れるようになるまで待つつもりなんて無かったので、さっさと瞼と上体を押し上げて状況確認に移行。

 まあ、最重要懸案事項だった頭の激痛は治まっていたから、な場所でそんなに焦る必要は無いと分かってはいたけど。


 って言うか、さっき目覚めた時とか今もだけど、何で僕気絶してんだろ?

 での生活で脳の機能を魂的なもので代用できるようになったから、例え頭が爆発四散しても完全に何もできなくなるなんて事態にはならなくなったハズなのに……


「――わっ!? きゅ、急に起き上がっては――


「……なんだ、同じ部屋か。最悪、『手術台に縛り付けられてる~』なんて面白過ぎる展開もあり得るかもとは思ってたけど……」


 視界の端にチラリと映ったからは別段危険を感じなかったのでスルーし、まずは意識を失っていた間に勝手に着けられていた邪魔なマスクを毟り取った。

 そのマスクは医療ドラマでよく見かける画面付きの機械から伸びる管と繋がった半透明のヤツで、他にもベッド脇に置かれた車輪付きの台の上に注射器とガラス瓶を見付けたりして、メタボジジイ(仮)の言う通りココが医療関係の施設なんだと実感させられた。


 なるほど、さっきから右腕が痒かったのは注射器ソレの所為か。

 そう言えば、今チラッと見た人影も白衣を着ていたような……?


 そんな事を考えた僕は握ってたマスクを脇に置いて、今も僕が座っているベッドの脇から此方へ視線を送って来ている何者かへと視線を向けた。

 別に危険が無いならワザワザ詳細を確認する必要なんて無いとは思ったけれど、さっき目覚めた時と同じ殺風景な部屋に居る事は一目とで分かっていたから、今後の行動方針を固める参考にしようと考えたのだ。


「――聞いていますか? 眠っている状態から急に起き上がると脳貧血を引き起こしてまた失神してしまう事だってあるのですから、もっと自分を労わらなければいけませんよ。他にも調子の悪い所があればすぐに言って下さいね」


 そこには手足も首も筋肉が薄くて簡単に圧し折れそうで、その気になれば今すぐにでも無力化できそうなが一人、足を揃えてパイプ椅子に腰掛けているだけだった。


 ソイツは羽織っている白衣のイメージ通り、全身からこの部屋のケミカル臭さを何倍も濃くしたような臭いを纏ってはいたけど、それ以外――声や体格、手とか指とかのパーツや身体の重心、一つ一つの立ち振る舞いなんかから判断した限り、武術経験どころかスポーツすらまともにやった事も無さそうなカンジで、もし襲われるような事があってもすぐに返り討ちにできそうだった。

 ただ、白衣の内ポケットに忍ばせている何か――多分、紙の束と木製の板が三枚だと思う――からは、医療器具らしからぬ不穏さが漂ってるけど……


 え? 『服の内側に隠れてるものが分かるなら当然、し、下着的な物の詳細も描写できるのでは!?』だって?


 いや、まあ、確かに分かるけど……別に危なそうな物は無いよ? スパイ映画とかでありそうなスカート奥の太腿に銃を仕込めそうなホルスターとか、胸の谷間に毒の小瓶が~なんて事も無いし、下着にも身体にも特に何か仕込んでるってワケでも無いし。


 へ? 『もっと詳しく!!』? 色? 形状? サイズ?

 いや、コレは透視してるんじゃないんだから色なんて分かんないって。形だって別に普通の逆三角形とかだし……ってか喰い付き過ぎじゃね?


 と言う所までの思考を相手の呼び掛けに遅れない内に済ませると、僕は取り敢えずこの場は無難そうに聞こえる言葉で取り繕う事にした。


「……はぁ、ワザワザご丁寧にどうもありがとうございます……?」


「いえいえ。私は貴方の担当医を任された橘詩織と言います。もし、何かあっても今回のようにすぐ駆け付けますから、安心して休んでいて下さいね」


 首を傾げながらだった僕の返事が可笑しかったのか、相手はクスリと笑みを溢していた。


 語尾にハテナマークが付いてしまったのは、単純に相手のスタンスが良く分からないからだ。

 さっきの中年のように悪意的な態度でいてくれれば、丁度掴み易そうな長い髪を引っ掴んで首の骨を折ったり、筋肉の代わりに胸を覆っている分厚い脂肪の壁ごとブチ抜いて肺と心臓を抉ったりして、さっさとこの建物から出て行こうと思えたのに――って、チョット待て。


 なあ、黒宮辰巳よ、君が居るのは《魔物》とか名乗る化物共が蔓延ってたあのワケの分からん《魔界》とか呼ばれてた謎世界じゃないんだから、もっと穏便に済ませないと、また――……?


 そこまで考えた辺りでまたさっきみたいな頭痛が再発したけど、今度のは動けなくなるほど激しくはなくて、でも、何処か思考がぼやけそうになるような熱を孕んでいた。


「――――!! 大丈夫ですか!? 何処か痛みますか!?」


 思わず頭を押さえてしまった僕を見て不調に気付いたらしいタチ~何とかさんは、痛みに苦しむ僕の丸まった背中を摩ろうとでもしたのか、その脆そうな手を伸ばして――



パシッ!! パキンッ!!!!!!



 頭痛で少しだけ朦朧としていた僕は、気が付いたらこれまでに培った反射神経を存分に発揮して伸ばされた手を撥ね退けていて、しかも、そこから流れるような動作でベッドから壁際へと跳び退っていた。


 あ、危なかった~……あともう少しで危うく見ず知らずの何者かに触トコだった……全く、気持ち悪いったらありゃしない。

 にしても『パキンッ』って……もしかして、軽く払っただけなのに骨でも折れたのかな?


 なんて事を呑気に考えていたけど、身体の方は一分の隙も無く迎撃態勢を整えていたし、耳や鼻のように鋭敏になっている目もの動きを一瞬だって見逃すまいと正面を見据えていた。

 そんな僕の視界に映ったのは、唖然とした表情でマヌケ且つ無防備に隙を晒し続けているの姿だった。うん、これならすぐにでもボキッとかザシュッとかできるね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る