鎮魂歌

鎮魂歌

「僕」「お母さん」


僕  体から

体温が失われて行くのが分かるくらいに

弱っていたけれど


その体を

お母さんはしっかりと抱きしめていてくれた


お母さん


お母さん


体の痛みも忘れて

泣きながらお母さんって言ったけど


お母さんは

見えなかった


真っ暗闇で

見えなかった


でも

この体を包み込んでくれている腕は

この体に寄り添ってくれている温度は

お母さんの温度

お母さんのにおい


ねえ


お母さん


どうしてそんなに苦しそうなの?


お母さん「生きて頂戴」


か細い声でお母さんが言った

お母さんが泣いているのが分かった


お母さん「生きて頂戴、私よりも、一瞬でも長く」


ああ


お母さんも、もうだめなんだ

お母さんの体も、もうだめなんだ


でも


それはお母さんのわがままだよ


だって


僕だって、一瞬でもいいから

僕よりもお母さんに生きていてほしいって思うもの


僕もわがままだけど

お母さんもわがままだよね


そう思ったら

笑いたくなってきて

僕は笑っていた


お母さん「ずいぶん前に、お母さんに言ったよね、ハルカちゃん」


暗闇の中で

お母さんの声がくぐもった


お母さん「なんであたしは女の子なのって」


うん

ずいぶん前に言ったね

ずいぶん前にわがまま言った


でも


僕は・・・


僕は・・・


もう、男の子になれたから

いいんだよ、お母さん

もう、いいんだよ


お母さん「お母さんに言った、ハルカちゃんの、たった一つのわがまま」


お母さんはそれきり何も言わなくなった

お母さんの体はだんだん冷たくなって行って

僕を抱いたまま

お母さんは静かに眠っていた

寝息も立てずに眠っていた


だから

ぼくもいよいよ眠くなって

静かに目を閉じた


すると

だんだんお母さんの体が温かくなってきて

僕も、僕自身も熱を持ち始めてきた


だから

気持ちが良くなって

そのまま眠ってしまったんだ


どれだけ眠っていただろう

目を覚ましたら


草原にいた


でも


僕がいた、あの草原じゃなくて


太陽は熱を持って

ぽかぽかとしていて


成層圏にあるのでもなくて


青い空にきれいな雲が浮かんでいる

緑の草原だった


草はとても柔らかくて

鮮やかな緑の葉っぱを

優しい風がなでていた


そして


ふとそばを見ると


大きな木が立っていた


広い草原に

ひとつだけ


とても大きな木が立っていた


僕は

その大きな木の下に歩いて行って

風に揺れる木漏れ日を浴びていた


気持ちが良かった

幸せで心が満ちていた


痛いことも

苦しいことも

何もかもを忘れて

その木の下で僕は眠った


お母さんの腕の中で

僕は、眠った

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