7.大切なコト
翡翠の根っこがまるでアーチのようになっている箇所がこの街にはいくつかあって、そこをくぐると外へ行けるらしい。という話を耳にしながらわたしはキョロキョロと辺りを見回す。「セヴィリー」「うん?」「こう、冒険道具とか、あったりは?」それらしいお店のようなものは今のところ見当たらない。
冒険といえば装備は大切だ。もちろん武器も。ゲーム脳なわたしはそんなことを考えてしまう。
とくに、わたしは賢者でもなければ剣士でもない、踊り子以下の存在。むしろ旅人よりも初期装備がなってない普段着だ。装備や武器の一つや二つ欲しいところ。
なんて考えているわたしにセヴィリーは苦笑していた。困ったように笑う顔もそれはそれできれいだ。美しいとは罪である。
「コトリ、危ないことはしないよ。だからそういうものはいらないし、お店はないよ」
「ええー…」
これだけ美しい世界なんだから、ただの露店だってきっと期待できる。麗しい人が営む美しいものが並んだお店…。そんな想像を膨らませて知らず期待していたわたしは肩を落とした。
危ないことはしない。
セヴィリーがそう言うってことは、この世界にも、危ないに属することは存在するってことだろうか。ふとそんなことを思いつく。「セヴィリー」「うん」「この世界にも、危険、は存在するの?」セヴィリーは苦笑いとはまた違う困った笑顔になった。
「コトリの世界は存在しないの? 危険なこと」
「あるある。いっぱいある。日常に溢れてる。危険ばっかり」
身近なところでは交通事故、世界規模で言えば戦争、災害、人災。いわゆる命の『危険』に分類されることはたくさんある。そうでなくても、マズいな、と思うことはたくさんあるけど。
セヴィリーは細長い指で自分の額に埋まっている翡翠色の宝石を指した。「私たちにはコレが埋まっているから、だいたいの危険には自力で対応できるんだ」コレ、と言われている宝石をまじまじと見つめる。…何回見ても、人の額に宝石が埋まっている現実にはびっくりする。どうなってるんだろう、アレ。
(宝石が埋まっているから対応できる…ってことは、あの宝石には何かしらの力があって、セヴィリーたちはそれを行使できる、ってこと、かなぁ)
一人考えて、なんとなく納得。不思議な力のおかげで彼らは美しくスレンダーなままでここまで生きてきたのだろう。いいなぁ。
セヴィリーと話しながら、翡翠の根でできたアーチをくぐったとき。ざわり、と冷たい風が吹き抜けるように空気が変わった。
思わず足の止まったわたしの背にセヴィリーの掌が当てられる。「私から離れないようにね」「…うん」一つ頷いて、しっかりと手を繋ぐ。
白い結晶のような、花? 綿毛? の膝丈の植物が
花畑。そう言うにはなんだか物寂しく、他になんの姿もない草原。
そういえば、この世界に来てから動物と言える生き物を見ていない気がする。空には鳥の姿もない。犬も、猫もいない。
花畑を抜けていくと、今度は様々な色の樹木が林立する森が見えてきた。
黄色、水色、ピンク、赤…地球じゃありえない色と硬質の木が立ち並ぶ光景を足を止めてポカンと眺める。……まるで、そういう絵の中に入り込んだみたいだ。
ポカンとしているわたしの視界に、ふわ、と蛍のような光が舞った。
森の中。様々な色の樹木と同じように、様々な色の光がふわふわと漂っている。
もしかして。あれが。
「あれが、妖精?」
「そうだよ」
「へぇ…」
妖精なんてゲームや漫画の中で百通りくらい見てきたけど、一番シンプルな形だな。光の塊、っていうか。具体像のないやつ。
様々な色の樹木の森を様々な色の妖精が浮かんで漂う。一枚の絵だ、これは。
きれいだなぁ。こういう景色が地球にもあればなぁ。なんて思いつつ、目が覚めてもこの光景を忘れないように…とその景色を目に焼き付けていると、ひらり、と上から何か降ってきた。
…光だ。弱々しい光が木の葉みたいに頼りなく落ちていく。「セヴィリー、これ…」思わず手を出しそうになったけど、この世界の住人ではないわたしは許可されていないことはすべきでない。その約束を思い出して手を引っ込めたわたしに、代わりに手を差し出したセヴィリーへと弱い光が落ちた。彼、または彼女は掌の上の弱い光をじっと見つめると「弱っているね」とこぼす。
「なんで、かな」
「原因、ということ?」
「え。うん」
「……この子は羽根が小さい。皆と同じように
「…なるほど」
わたしには光の塊にしか見えないけど、セヴィリーの目には羽根とやらが見えているらしい。「コトリ」「ん?」「原因は、重要かい?」「…?」セヴィリーの言葉の意味がよくわからない。原因。こうなった原因は、重要か、ってこと?
弱々しく明滅する妖精を前に、少し考える。
この子がどうして弱ってしまったのか、原因が解明できたら、次は、それを解決すべき。と思う。そうじゃないとこの妖精はこうして弱ったままで、いつか、死んでしまうかもしれない。
「原因は、重要だよ。解決への道筋だから。原因がわからないと、解決できないし」
「この妖精の場合、コトリはどう考える?」
「えっと…弱っている原因がセヴィリーの言うとおりなら、なんとかしてエネルギーをあげれれば、この子は元気になるんだよね」
「そうだね」
「セヴィリーは、それが、できる…?」
そっと訊ねたわたしに彼、または彼女はいつもの笑顔を浮かべた。自分の額、宝石に細長い指を当てる。そうするとそこに妖精の光に似たような光が宿った。「分け与えればいいだけだよ」セヴィリーはそう言うと光を宿した指をそっと妖精の光に触れさせて、光同士がゆっくりと同化していく。
まるで魔法のような光景を、わたしは目に焼き付けた。決して忘れないようにと願いながら。
光の同化が落ち着いたとき、セヴィリーの手から妖精が翔び上がった。さっきまでの弱々しい光の明滅はなくなっている。元気になったんだ。
まるでお礼をするかのようにわたしたちの周りをクルクルと忙しなく回ったかと思えば、仲間がいるんだろう森の方へとふわふわと翔んでいく。
コトリ、と静かに呼ばれて顔を向ける。セヴィリーは額に指を当てて光を宿したところだった。さっき妖精を元気にした光。
「これで、君が元気になるなら、私はいくらでも分け与えてあげたいと思っているんだ」
「…うん」
「でも、地球人にはこの光は届かない。届くのは、言葉だけ。
言葉に力があるのか、私にはわからない。私の言葉がどこまで君に届くのかも、わからない。
でも、コトリ。原因よりも、原因を知って解決するのが大事だと言った君なら、私のいない現実にも、いつかきっと立ち向かえる」
「………うん…」
わたしはさっき、自分で言ったんだ。こうなってしまった原因よりも、それを知って、解決することが大事だ、って。それは妖精のことだけじゃない。わたしにも、言えること。
妖精は元気になって、仲間のもとに戻っていった。
わたしも。いつか。人の社会の中に戻っていくのかもしれない。こうなった原因じゃなくて、解決された未来を望めるようになった、そのときには。
(そのときには。わたしは。この手を。離さないと、いけない)
それは、やっぱり、寂しいな。そんなことを思いながら、わたしはセヴィリーと森と妖精を見ていた。
美しいものでできた、どこか寂しくも思える世界。
いつかはさよならをしないといけない世界は、わたしの心をギュッと掴んで、離さない。
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