5.断ち切るには眩しすぎた
今から半年ほど前、平均的な学力のわたしは、平均的な高校に入学した。
平均的なわたしに大勢の友達はできなかったけど、仲のいいといえる数人の友達を作ることには成功していた。
クラスメイトとの仲はいたって普通であり、わたしの高校生活は順調にスタートした…そのときは、そう思っていた。
あれは、夏休み明けのことだ。
今でもよく憶えている。
暑いのが苦手なわたしは、夏休み、ほぼ家に引きこもっていた。
誘いが来れば外に出ようかくらいには思っていたけど、わたし以外のみんなはそれぞれ部活動に所属していた。
強制ではないけど、学校から所属が推奨されている部活動。
夏休み、クラスではなく部活の関係で動くことが多くなる彼女達の中からわたしという存在が希薄になっていったことに、クーラーの効いた部屋で口をへの字にして宿題に取り組んでいたわたしに気付けるはずもなかった。
部活動の関係で夏休みであろうと学校に顔を出していた友人達の結束は強くなったけれど、わたしのことは、その逆になっていったようだ。
推奨されている部活動に所属しなかった。たったそれだけのことで、夏休み前のわたしの居場所はなくなっていた。
始業式、友人達の輪に加わることになんとなく感じていた違和感は、授業が通常に戻るにつれてハッキリした。昼食、お弁当の時間が訪れて、彼女達はわたしを輪に入れることなく自分達の机をくっつけてご飯を食べ始めたのだ。
わたしは動かしかけた自分の机に手を置いたまま呆然とするしかなかった。
友人。そう思っていた彼女達がわたしの方を振り返ることはなく、わたしは教室で一人、孤立した。誰も彼もが机を寄せ合ってお弁当を広げているのに、わたしにその相手は一人もいなかった。
そのうち、わたしの孤立に気付いたクラスメイトの誰かからクスクスとした笑い声。
「かわいそー」
クスクス。クスクス。クスクスクス。
笑う、
誰もわたしのことを助けないんだ。わたしのことなんてどうでもいいんだ。
自分より下の存在だと見下して、自分はまだマシだとわたしを蔑む対象にして、ホッとしてる。わたしはあの子よりマシ。そんな声がどこからか聞こえるようで、わたしの胃はキリキリと痛んだ。
次の日も。その次の日も。授業で教室を移動するときも、お弁当の時間も、体育の時間も、わたしは一人だった。
本当にときどき友人だった彼女達がわたしを見るような視線があったけど、声をかけてくることはなかった。…それが答えだった。
わたしはクラスメイトの中で『ハブられたかわいそうな子』として笑われる対象となっていった。
それでも、受験して入学した高校だ。お金だって払ってる。
友達に見捨てられたくらいでなんだ。気にしちゃダメだ。ちゃんと授業を受けて、テストで良い点を取って、見返してやるくらいのつもりでいればいい。クラスで一番の成績とか出せば彼女達だってわたしを認める。
わたしはがむしゃらに勉強に取り組んだ。
わたしの精神状態はこのときすでにボロボロだったけど、自分ではそんなことに気付けず、あまり眠れなくなった睡眠時間を勉強にあて、中間テストで苦手分野以外クラスで一番の数字を叩き出した。その頃にはすでに食欲もガタ落ちしていた。だけどそれだけの結果がついてくる……はず、だった。
クラスでほぼ一番の数字を叩き出した。そんなわたしに、クラスメイトはさらに白けていった。
「
「ああ、あの中間? ほぼ一番とかウケるよね。いい子ちゃん演じすぎ」
「そんなことしたって誰も相手にしないのにねぇ。あーあ、かわいそー」
下品に笑ってそう言う声を、わたしはトイレの個室の中で聞いた。
……一体どうしてこうなってしまったんだろう。どうして。どうして? 何がいけなかったの? わたしが何かしたの? どうしてわたしが。わたしだけが。
次の授業をボイコットして、トイレの個室に閉じこもって、ひとしきり泣いた。
クラスの中にわたしの居場所がないことは明白だった。
失ったものはもう取り戻せるものでもないのだということにようやく気付いたわたしは、次の日から、登校するのをやめた。
§ ✜ ≠ ✠ ❀
ポツポツと語ったわたしの視線はずっと手元に、光を打ち出して
思い出すだけで胃がキリキリと痛むような過去。わたしの傷。未だに心を傷つけ続ける一連の出来事を、一日とて忘れたことはない。あの理不尽。あの屈辱。あの悔しさ。悲しみ。一生癒えることはないんじゃないかというくらい頭の中でループする、あの日々。
(どうして、わたしはあそこにいられなかったんだろう)
夏休みに入る前。そこにはまだわたしの居場所があって、馬鹿なことをして笑い合える友達がいて、学校にいる間、一人になることなんてなかった。
ずっとあの場所にいたかった。誰かの隣にいたかった。馬鹿みたいに笑っていたかった。
暗い未来のことなんて笑って吹き飛ばせる、束の間でもいい、あの場所に。あの時間に。いたかったのに。
ぽた、と水晶に
ぽた、ぽた、と水晶に落ちる雫を眺めていると、「コトリ」と声。視線だけやると川に浸かったままのセヴィリーがわたしに向けて両腕を広げていた。その顔は、少し、悲しそうだった。「おいで」おいで。そのやわらかい言葉に、手の中の水晶を握りしめて、濡れることも構わずセヴィリーの腕の中に飛び込む。長い腕。冷たい温度。火照った顔にはちょうどいい。
わたしの頭をゆっくりと撫でる感触がする。
「諦めるには。断ち切るには、眩しすぎたのだね。その時間は」
「…、」
馬鹿なことをして笑い合える友達がいて。暗い未来なんて笑って吹き飛ばせる、束の間の時間があって。
たったそれだけ。
たったそれだけのことが。わたしは。
「…、わたし。わたし、ッ」
悔しかった。ただ、悲しかった。
もっと一緒にいたかった。もっと笑っていたかった。
セヴィリーの言うとおり、わたしにとって、彼女達との時間は断ち切るには眩しすぎた。
彼女達にとってわたしはどうでもよくても、わたしにとっては、そうじゃなかった。だから悔しかった。だから悲しかった。だからどうしようもなく傷ついた。
「どうして、こうなったの? わたし、こんなのいやだ。いやだよぅ…ッ」
どれだけ泣いても、どれだけ喚いても、叫んでも。あの時間は帰ってこない。あの場所はもうない。
帰ってこないものに足を掴まれたまま立ち止まっていたくない。
だけど、わたし。あの時間以上に眩しいものを知らないんだ。だから、いつまでも、傷ついて、手を伸ばして焦がれて、また傷ついての繰り返しなんだ…。
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