2.その世界はとてもきれいだった
両親に車で病院まで送り出され、白衣のおじさん先生から『
えーと、寝るときはあのカプセルの中。起きたら共用スペースで過ごすか、ネカフェみたいな区切りのある空間を有料で借りるか。えーと。お風呂はなくてシャワーで。ご飯は基本的に自由で。えーと。えー…。
いっぱいいっぱいなわたしに先生が少し笑う。「まぁ、口で言うだけじゃあね。みんな最初はそういう感じだから大丈夫」「はぁ…」曖昧に頷くわたしに先生も一つ頷く。
「わからないこと、疑問点があったらいつでもナースコールをしてくれ」
「はぁ」
「それでね、さっそくなんだが、夢の栞を使って心理テストをしたいと思うんだ」
「はぁ…? てすと…?」
「一口にカウンセリングといっても、カウンセラーとの相性もあるだろう? 人間、誰だって受け付けない相手というのがいるからね。治療を始める前に、相手との顔合わせだよ。相性が悪かったらカウンセラーを交代しないといけないし、治療自体を見直す、という場合もあるからね」
「なるほど…」
確かに、それは必要だ。初対面で『あ、この人無理だ』なんて人だったら話をして治療するどころじゃない。手順は踏むべきだ。
わたしは素直に頷いた。
先生が指示を出すと、カプセルの近くに立つだけだった白衣のお兄さんがカプセルと機器を繋げて何やら入力を始めた。
その間、わたしは改めて白っぽいカプセルを眺めた。
中に人がいることがわかるようにか、カプセルの蓋の半分は半透明のプラスチックのような素材でできている。大の男の人でも入れるようにわりと大きめの作りだ。
この治療カプセルがズラリと等間隔に並んだこの部屋は、殺風景で、必要なもの以外は置いていなかった。
白っぽい壁紙の部屋に白っぽいカプセル。白衣の先生達。白い空間はいかにも病院という感じがする。
こんな場所で眠れるだろうか。枕が変わったら眠れなくなるようなわたしに。一応自分の枕は持参してきたけど、不安だ…。
カプセルを調整していた白衣のお兄さんが「準備できました」と言ってボタンを押すと、カプセルの蓋部分がプシュッと音を立てて上へと開いた。「おお」思わず感心してからコホンと咳払い。
映画やアニメ、一部の医療ではおなじみとはいえ、こういったものを体験するのはわたしは初めてだ。ワクワクする。…うん、わたし、ワクワクしてる。こういう気持ちはどのくらい久しぶりだろう。
おじさん先生が「さあ、
「あの、わたし、枕が変わると寝れなくて…。持ってきたのでも、大丈夫ですか」
「構わないよ」
ほ、と息を吐いて平たい枕の代わりにマイ枕を置いて、寝台に腰かけて、靴を脱ぐ。枕に頭を預けるように横になる。わたしがするのはこれだけ。
白衣のお兄さんが無表情のまま横になったわたしの状態を確認した。「本人確認です。
…思っていたよりも狭いと感じる。半透明な蓋で圧迫感は軽減されてるはずなのに。
わたしの耳元で『それじゃあ琴里さん。今から少し眠くなるお薬が出てくるから、ゆっくりと深呼吸していてね。それだけで大丈夫だ』とおじさん先生の声。わたしは「はい」と返事をして、シュー、と音を立てて噴き出してきた眠くなる薬とやらを吸い込み、深呼吸を繰り返す。
§ ✜ ≠ ✠ ❀
パチ、と目を開けると、空が見えた。月が三つも浮かんでいる空が。
パチ、と瞬く。月が、三つ…?
パチパチと瞬きする。何度でも瞬きする。しまいには目をこすった。それでもこの目には月が三つ映っている。おまけに空は薄い緑のような色。
「やぁ。お目覚めかな」
聞こえた、知らない声。
月が三つ浮かぶ空から視線を剥がして見えたのは、ゲームや漫画で『エルフ』と称されるような美しい人だった。
そして、美しい人が存在するのにふさわしい美しい風景。
きっと地球のどこを探してもこんな美しさは存在しないだろうと思うような美しい景色に、わたしは文字通り、心を奪われた。
これは夢だ。ああ、そうだ、夢だとも。
だってわたし、治療のためにカプセルに入って、眠くなる薬を吸って、目を閉じたんだ。だから、これは、夢だ。
無駄がなく美しい円の形をした建物、たぶん、家々。それを支えるような大きな樹木は翡翠の色に輝いて、まるで大きな宝石の彫刻を目の前にしているよう。
そのくせ、樹木の枝葉の先はふんわりとやわらかい。葉っぱの一つ一つが心地のいいビーズクッションみたいだ。
どうやらわたしは樹木の枝葉が寄り添っている場所の一つにいるようだ、と理解。揺り椅子のようなものに腰かけている状態らしい、ということも確認して、そっと立ち上がってみる。…感触がある。空気が、甘い。
翡翠の樹木から切り出されたのか、翡翠色のローテーブルをはさんだ向かい側にいたきれいな人がゆったりとした動作で立ち上がった。スッと差し出された手は白く、指は細長い。
「初めまして、コトリ。私は君のカウンセラーだよ」
「…初めまして」
額にこの樹木と同じ翡翠色の宝石のようなものを埋め込んでいるこの人は、確かに、人間ではなさそうだ。耳もとんがってるし。握った手はどことなくひんやりと冷たいし。「…お名前、は」もそっと訊ねたわたしにカウンセラーだというきれいな人は困ったように笑った。「名前。私はåX�?~ΩF➲」…聞き取れない。何語だ。
こういうやり取りをわたしじゃない人ともしてきたんだろう、カウンセラーさんは困ったように笑う。
「正確に発音すると、ヒトには聞き取れないのだって。だから、私のことは好きに呼んでくれていい」
「……じゃあ、えっと、聞き取れる発音で、近い感じにすると、どうなりますか」
「ん? んー、そうすると、…セ、セヴィリークゥシュ…が近いかな?」
「セヴィリー。さん」
もそっと口にしたわたしに、セヴィリーと呼ぶことにしたカウンセラーさんはまた笑った。
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