妹の部屋に地雷アリ
発条璃々
幻想は打ち砕かれるものである
「兄貴、キモイ。朝から憂鬱な顔見せんなっ! バカ!」
ソファで寝そべってマンガを読んでいた俺は、顔を合わせた
確かにちょっとだらしない格好かもしれないが家の中である。構わない筈だ。
「日曜なんだし、これくらいいいじゃねえか。別に迷惑かけてないだろうが」
「その姿を世間に晒してることが迷惑、一層死んで。こんな兄貴が家にいたら息が詰まる。寧ろ息するな!」
「……ぐっ」
「言い返す言葉も思い浮かばない低脳兄貴。こんな兄貴がいるなんて恥ずかし過ぎる……いってきまーす」
義妹は俺が黙り込むと、そう言い残してリビングを出た。今日も部活なのだろうか、制服にスポーツバッグを肩にかけている。
俺は苛立ちながらもマンガに目を戻す。マンガには兄に対して従順な妹が登場していた。
「こんな妹……どこにいるんだよ。実妹だろうが、義妹だろうが……こんな妹はいない!」
俺はマンガを閉じて放り投げた。目を閉じると初めて義妹と出会った日を思い出す。
俺は父さんの連れ子、義妹は母さんの連れ子ということになる。何かの本で読んだが、連れ子……しかも年頃のいる再婚は難しいらしい。
だが俺と父、義妹のトモエと母の生活はスムーズに進行している。
しかしトモエには兄というものに幻想があったのか。
日に日に、俺への態度が悪くなる。そりゃ、俺も妹に幻想はあったよ。でも現実を突きつけられても、これほど豹変することはない。俺はソファから起き上がるとマンガを手にして部屋へと向かう。勿論、トモエの部屋だ。
この家で、俺やトモエに割り当てられた部屋には鍵はついていない。よって出入り自由だ。だがなんとなくノックをしてから入る。部屋の広さもありマンガなどの本棚はトモエの部屋にあり、テレビなどは俺の部屋にある。
だからマンガを借りにトモエの部屋に入ることは至極当たり前だ。逆に、トモエがテレビを見たかったりゲームをする場合は俺の部屋に来る。だが俺は部屋を追い出される羽目になる。不条理極まりない……
「それにしても……なんとなく良い匂いするんだよな。トモエの部屋って」
明らかに男の部屋といったむさ苦しい匂いはしない。同じものを食べていて、こうも違うものかと妙に感心してしまう。
最近特に感じるのは、中学生になったからかバスケ部に入ったからか、妙に発育が良い。手足はすらっとしてて、程よい筋肉と絞まった身体をしている。いつの間にか背は同じか、下手すれば追い越しているかもしれない。だが胸は残念ながら、ちっぱいままである。
いや、俺は断じて巨乳派ではないのだ。控えめなほど素晴らしい! 俺は思わず固く拳を握り天を衝いた。
「誰に力説してんだ……俺」
溜め息をひとつついて、マンガを本棚に戻す。何冊か物色していると一冊奥に引っ掛かっているようだ。気になって取り出してみたら……
「ベタ過ぎる……兄妹ものの少女マンガかよ。どれどれ」
ページを数枚捲って勢い良く閉じた。つい後ろを振り返ってひとりであることを確認する。俺は、カバーをもう一度見る。ありふれた少女マンガだ。だが中身は違う。なぜこんな物騒なものがここに。俺は見なかったことにして本棚に戻した。額の汗を仰々しく拭ってみせる。一仕事終えた男はやはり輝いているものだ。
もう俺にこの部屋にいる用はない。何が埋まっているかわからない地雷原から早々に撤退しなければならない。
だが俺は見てしまった。机の下にある袋から何かがちらりと見えている。それが普通のこの部屋の住人に相応しいものであるならば、こんなに反応することはなかった筈だ。
「……にゃん?」
俺は思わず呟いていた。これは何かの陰謀か。俺を陥れようとしている罠か。俺は四つん這いになって机の下の紙袋を取り出す。
「ええと、ねこ耳にしっぽ、レオタードっぽい服、黒ニーソ。あと大きめの鈴がついた首輪。それにねこの手足を模した手袋とスリッパ。合計、七点セットだ! なんだこの豪華な一品は……」
俺は感動して胸に抱き締めた。それはもう愛しそうに力いっぱい抱き締めたさ!
「ただいまー勝手に入っても良いけど、あんまり触らないで——」
「……!?」
一瞬にして部屋の空気が凍りついたかと思えば、沸点が越えるのも早く……
「なにしてんのさっ、バカ兄貴! キモイの極みに達して頭が湧いたか。部屋に入って勝手に物色して!」
「ち、違う! たまたま見つけたんだ。だから何かなって思ったら、ねこ耳だぞ。ビックリするだろうが!」
「私がねこ耳なんて持ってたら可笑しいって言いたいわけ!? 別に兄貴に関係ないじゃないっ!」
「関係ない訳ないじゃないか!」
俺が普段怒気を孕んで声を出さないためか、一瞬口を噤むトモエ。
「俺がねこ耳萌えって知っててのことだったら、こんなに嬉しいことはな——ごふっ」
トモエの鍛え抜かれた左足が言い終わらぬ内に俺の右脇腹を抉った。脇腹を押さえながら膝をつく。衝撃で胃の中が逆流してきそうで気持ち悪い。
「なんで、そんなに取り乱すんだよ……冷めた目で一蹴すりゃ良いのに」
だが俺は顔を上げると、睨み付けながらもトモエの目から大粒の涙が流れていることに心底焦った。
「ちょっ、泣くこともないだろうが……どうしたっていうんだよ」
「と、ともだ、ちが……ぐすっ。兄貴が前にテレビ、みててネコかわいいって……ぐすっ、はしゃいでたからどんなプレゼ、ントがいいか聞いたら……これが一番だって」
頬を掻きながら、急にデレた義妹の心の内を聞き、嬉しくない訳がない。なんとなく同好の匂いをその友達に感謝しつつ俺は、トモエの頭をポンポンと撫でた。
「誕生日……もうすぐだっけ。だから祝ってくれようと、してくれてたんだな」
「私は——いつも、口悪いし……そうじゃないって思ってても出てくる言葉はバカだったり死ねだったり虫だったり、社会のゴミだったり、息してるだけで罪だったり——」
永遠と溢れ出てくる罵詈雑言。いつまで続くんだろうか……
「それくらいにしてくれ……嬉し涙がしょっぱい涙に変わっちまう」
「そのさ、嬉しかったんだよ、兄貴が出来て。今まで一人っ子だったし、弟や妹ならいざ知らず、どう頑張ってもお兄ちゃんとか無理だって諦めてたら」
「諦めてたら親が再婚して兄貴が出来た……と」
「うん……だから嬉しかったんだ。でもいざ生活し始めると気恥ずかしさもあるし、そんな馴れ馴れしく出来ないなって……」
「そっか……ごめんな。トモエの気持ちも解らずにどんどん踏み入って」
「いいんだ。嬉しかったし、こうして伝えられたから結果オーライかな」
涙を拭って微笑むトモエに初めて心臓を撃ち抜かれる。俺に妹属性はない筈だが……
「いつ、そのねこ耳セット。着てくれるんだよ……」
「これは誕生日の日にお披露目しようかなって……なんかちょっと恥ずかしいけど、これで兄貴もイチコロだって友達がね」
「あのさ、ねこ耳だけ、付けてくれないかな」
「うーん、わかった……ちょっとあっち向いてて」
俺は後ろを向いてトモエのねこ耳姿を想像した。
「いいよ」の声と共に振り返るとそこにはなんとも可憐な仔ねこが上目遣いに小首を傾げている。
「言ってみて……」
「んと、にゃ、にゃん?」
俺の溢れる涙は決壊したのは言うまでもない。俺はトモエの足元に跪き、おいおいと泣いた。全ての水分が涙となって流れ出る勢いだ。
「もう、大げさだな。兄貴は」
そういって、さっき俺がしたように頭をポンポンと撫でられた。
❇︎
俺は平静を取り戻し少し照れた。トモエも満更でもない様子である。
やっと俺たちは本当の兄妹らしくなれたのかもしれない。
だが義妹のデレが早くないか?と、感じている諸氏諸君。
文章量と作者の都合である。ご容赦願いたい。
すると、トモエがさっき定位置に戻した筈の少女マンガを取り出した。俺は心の中で何か嫌な予感がしてざわざわと胸騒ぎがする。
「これって、兄貴のだよね。私、この作者は読まないからさ。もう読んだの?」
「あ、ああ……読んだ、かな。そうか! なら、もう売ってしまおう」
冷静を装い手を伸ばしてトモエの手から受け取ろうとしたら、中身だけがズル剥けるというお約束が発令した。
トモエがそれを拾い上げる姿がスローモーションに見える。これはあれだ。走馬灯だ。正に、死地に近づいているという証拠。
その刹那、トモエの電光石火と呼べる、強烈な蹴りと怒号が俺の鳩尾を深く貫いた。俺は夢の中で時が見えたかは、定かではない。
後日談としましては、
慎ましいながらもケーキで祝され両親からはプレゼントを貰う。
だがトモエは俺と目を合わそうとはしない。口も利いてくれない。存在を完全に遮断していた。
何故かはわからない。見つけた時点で回収していれば良かったのに。
あんな、口に出すのもおぞましいマンガ。
と、仰々しく言っているが、ただのエロ本です。
結局、ねこ耳披露はなかったことになっている。もうこれは、不貞腐れて寝るしかないとベッドに倒れ込むと、一通のメールが届く。
開くと、添付メール。恐る恐る開くとそれは、ねこ耳セット一式を着用して、ねこの様な仕草をしたトモエが写っている。
『バカで変態兄貴へ。もう怒ってないから、これ見て元気出して下さい! あ、これは兄貴専用だから他の人には閲覧禁止だからね』
俺はもうニヤニヤが止まらなくてベッドの上でゴロゴロ転げまわった。嬉し過ぎてベッドから転げ落ちても止まらない。
「煩い! 勉強できないじゃないっ! 何遍でも死んでこい!」
トモエはそう言い放つと扉を壊れそうなほど叩きつけて出て行った。俺は部屋の真ん中で正座をしてトモエの部屋の方に深々と謝ったのだ。
終
妹の部屋に地雷アリ 発条璃々 @naKo_Kanagi885
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