森の奥の、白いワンピース
「うわ、いった」
そんな声を聞いて、青年は足を止めた。二、三歩後ろにしゃがみこんでいる少女の姿があった。それを見た彼はため息を吐き出して、少女の元に行った。
「何?」
「草? か、何かで切った」
彼女はそう言って、足首を押さえていた手を放した。白い足首に、薄い赤の線が入っている。何かの雑草で切ったのだろうか、と思いながら、青年は腰につけていた鞄の中を漁る。
「大体、そんな足出てる服で来るなよ」
「だってどんな格好したらいいかわかんなくて」
「少なくてもそんな真っ白なお嬢様風ワンピースで来る場所じゃねえよ」
青年は言いながら、鞄の中にあった絆創膏を少女の足首に貼り付けた。貼るときに傷に当たったのか、少女の口から「いたっ」と小さな声が漏れる。
「歩けるか?」
「……うん」
絆創膏が付いた足首に触れながら、少女は立ち上がる。それを確認した青年は、再び歩き始めた。
うっそうとした木々が茂る山の中、二人はゆっくりと坂道を上っていた。
「……なんで、そんな格好できたんだよ」
山の中に行く、とは思えないような白いワンピースと白いパンプスで来た少女に、青年は問う。
「だって……一番きれいな格好、見せたいって思ったから」
青年の後ろを歩く少女が、顔を俯けながら答えた。
そして、二人の足が、止まる。
山の奥にある、大きな滝。先ほどまでの静かな森の中が嘘のような、騒々しい音があたりに響いていた。
「……ここで、消えちゃったんでしょ?」
「消えた? ……死んだの、間違いだろ」
少女の確認するような言葉を、青年は否定した。
「ここで、死んだんだよ。あいつは」
「死んでないかもしれないでしょ。まだ、遺体は見つかってないんだから」
「だとしても、お前のその姿を、あいつが見ることはないよ」
それは、数年前の話。彼女の恋人であった青年は、ある日、この場所で消息を絶った。携帯電話の位置情報が最後に示したのがこの場所だった。警察も、彼の友人たちも必死になって姿を探したが、結局見つからなかった。
「……そんなことないよ。だって、また、私の前に来てくれるか」
来てくれるかも。彼女が、言いかけた時だった。
彼女の身体が、傾く。
倒れる地面はそこにはない。重力に従って、少女の身体は落ちた。――滝の、その下に。
「……仮にお前の前に来たとしても、あいつはもう、お前の姿を見れないよ」
水面の奥に揺らぐ、白い色を見下しながら、青年は呟いた。少女が最後に放ったであろう叫びは、滝の音で聞こえなかった。
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