Repeat

「……殺したか」

 ぜい、ぜい、と荒い呼吸をする少年に対し、女は静かな声で尋ねた。少年は肩を揺らしたまま、不整な呼吸を何度も繰り返していた。

「死んだか」

 少年の方が、大きく揺れた。荒い呼吸が一瞬止まり、それから、細い息が吐き出された。少年は、ぎこちない動きで振り返り、女を見た。

「死んだ」

 震える声で、それでも、はっきりと少年は答えた。それを聞いた女は「そうか」と静かに返事をした。

 薄暗い廃墟と化した建築途中の、マンション。そこにいるのは、白いシャツの少年と、黒いコートの女。そこにあるのは、白いシャツが赤く染まった、死体。

「死んだ……本当に、死んだよ」

 少年が呟くように言うと同時に、からん、と金属が高く鳴る音が廃墟の空間に響き渡った。少年の小さな手に納まっていたナイフが、地に落ちていた。

「これで、よかったのかよ」

 少年は一瞬ナイフを見た後、女を見上げた。首から上以外をすっぽりと隠すような黒いコートを身に纏う女に、少年は不安げな色を灯した視線を送る。女は、コートと同じ黒い瞳で、少年を――少年の背後にある死体を、見下ろしていた。

「ああ。それでいい」

「嘘吐け」

「お前に嘘を吐いてどうする」

「こんなの、望んでなかっただろ」

「いいや、これでいい」

「こんなことをしてどうなる!」

 少年が叫ぶ。廃墟の鉄柱に、少年の声が反響する。

「これでいい。もう、お前は苦しまなくて済む」

「ふざけるな……ふざけんなよ!」

 少年は再び叫び、女の元に駆け寄った。その黒いコートを掴もうとしたが、手は、空虚を掴んだ。

「なっ」

 悲鳴のような少年の声を聞いて、女はふっと笑った。

「これでいいんだ」

「何が、いいんだよ……! 勝手な事ばっかり俺に言いやがって……!」

「仕方ないだろう。この状態では、私は、過去の自分に手を出すことができないのだから」

 女は黒いコートから出ている自分の手を見て、小さく言った。その手は、その姿はよく見ると、背後の景色を写していた。透けているその女を前に、少年はぎり、と奥歯を食いしばった。

「いつか、私はお前を殺す。私は、そういう運命の元、生きているんだ」

「そんなのどうでもいい……! 俺は!! あの子と……お前と生きたかった!」

 少年が叫ぶ。女は、笑った。

「それができれば、よかったんだがな」

 そう言うと、女の姿は黒い霧となって、音もなく消えた。目の前の光景を信じられない少年は呆然とした表情を浮かべ、そのまま力なく地にしゃがみこんだ。彼の目の前には、血に染まったナイフが一本。

「ふざけるなよ……じゃあ、俺は……どうしたらいい……?」

 答えを求めるように、震える手で、少年は目の前のナイフに手を伸ばした。しかし、そのナイフは別の手に掴まれてしまう。

「え?」

 少年が顔を上げる。そこには――彼のそばで倒れているはずの少女がいた。

「どう、して」

 少年が問う声は、途切れる。少年の目の前に広がるナイフの銀色が、思考も、その鼓動も絶った。


「……これで、よかったの」

 遺体を前に、少女が問う。黒いスーツを着た男が、静かに問いに答える。

「ああ、これでいい」

 男の姿は、薄く、景色に溶けはじめた。 

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