駆け込み乗車はご遠慮ください
「くっだらねえ」
「あぁ?」
低い少年の声に返す少女の声も、また低い。
「何がくだらないって?」
「お前と一緒にいる時間」
「はぁ? 何それ、ムカツク」
そう言うと、少女はテーブルの上に置いてある、ストローの刺さった紙コップを手に取り、中のジュースをストローから啜った。中身はもう空になりかけているのか、コップの中から喧しい音が鳴った。
「そういう態度とか腹立つ」
少年はテーブルに肘をつき、頬杖をついて、冷めた目で少女を見た。
「それ、こっちのセリフなんですけど」
ジュースを諦めた少女が、大げさな音を立ててコップをテーブルに置いた。わかりやすい、怒りの表現だった。
「大体さ、あたしと出かける訳でしょ? 何そのクソダサい恰好」
「ああ? お前こそその恰好、前出かけた時と一緒じゃねえか」
「はぁ?! 全然違うし! あんたバカなんじゃないの?!」
「あぁ?! 誰がバカだ!」
騒がしいファーストフード店。何処かの高校生二人組が喧嘩したところで、それは店内のBGMの一部と化していた。周りは二人を気にすることなく、互いに会話をして、ハンバーガーを貪っている。
「……あー、つまんねえ」
「奇遇ですねえ、あたしもつまんない」
「帰るか」
「そうね」
二人は同時に席を立つ。テーブルの上の紙コップをそれぞれ持って、中の氷を捨てて、紙コップをゴミ箱に入れた。それから同時に店を出て、足を止める。
「……帰る」
「そうだな」
少女の言葉に頷いた少年。二人は同時に歩き出した。同じ、方向に。
「ついてこないでよ!」
「別について行きたいわけじゃねえし」
「他の道から帰ればいいじゃん!」
「何で俺が遠回りしないといけねぇんだよ! お前があっちから帰れよ!」
「はあ?! あんたのために遠回りしないといけないとか意味わかんない!!」
言い争いながら歩くと、速度が上がるもの。そして気づけば、二人は駅に向かって全力疾走していた。
「何ガチで走ってんの! 気持ち悪ッ!」
「お前こそスカートで走るとかだっせえ!」
「ダサいのはあんたの服と顔だけにしなさいよ!!」
「ハァ?! お前にだけは言われたくねぇよブス!」
「あぁっ?! あんた今なんて言った!!」
息を切らしながら、二人は叫びつつ走っていた。駅に近づくと、発車メロディーが鳴り響いていた。
「電車、出る!」
少年が走る。
「乗る!!」
少女が走る。
二人は隣り合った改札口を同時に潜り抜けて、ドアの閉まりかける電車に同時に駆け込んだ。外から、「駆け込み乗車はご遠慮くださーい」と気の抜けた駅員の声が聞こえた、気がした。
「……ッ、セーフ!!」
同時に、少年と少女は電車の中で言った。肩を上下させて荒く呼吸をする二人は、一つ大きく息を吐き出して、顔を合わせた。
「……ホント、ダサい顔」
「お前……、疲れてるとき相当ブスだな」
短い呼吸をしながら互いにいうと、二人は同じタイミングで吹き出して笑った。直後、一度電車が大きく揺れて、それから速度を上げて走り始めた。
「……あ」
窓の外を見た二人は、また息ピッタリに声を上げる。車窓から流れる光景が、二人の想定していたものと、逆だった。
「……電車、間違えた」
「ほんとだ」
「……あーあ、俺たちバカだなあ」
「ほんと。どっちか気づけばいいのに」
「仕方ないだろ。俺たち双子だし」
「それ、関係なくない?」
ぶっ、と少女が笑うと、少年も同じような笑い声を上げた。同じ顔が、同じように、笑っていた。
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