夏の空の下へ


 ああ、暑そうだ。

 窓の外を見ながら、ぼんやりと考える。

「今日は暑かったですよ」

 そんな僕の心中を察したかのような、看護師の声が耳に届いた。微笑む彼女の顔を、僕はもう、何度見たことか。

「ここにいるとそんな感覚がないですね」

「みなさんよく言われます。ここは涼しいですから過ごしやすいですね」

 動き回る分には暑いのも寒いのも関係ないですけど、と、はにかみながら彼女は言った。ふうん、と、話を振っておきながら僕は興味なさげに返事をした。

「ねえ、看護師さん」

「はい」

「外、行けませんかね」

「……先生の、許可がないですから」

 この問いもそして答えも、もう、飽きた。相手もきっと、飽き飽きしているんだろう、と思いながら、それでも僕は問いを繰り返していた。いつか彼女が折れて何かが変わるんじゃないか、と淡い期待を込めながら。その期待は、いつも崩れる訳だが。

「外に行って、何をするんです?」

 それでも、今日は違った。珍しく、彼女が話を続けた。

「そう、だなあ……何をするって、わけじゃないけど」

 意外と、言われてみたら困る質問だった。毎日外を見ているけれど、外に出たいとは思っていたけれど、でも、その先の事は考えたことはなかった。

「せっかくなら、外に出て何かしたいことを考えてみたらどうです? それなら、少しぐらい退屈しのぎになるかもしれません」

「はは。そっか、そうかもしれないなあ」

 僕は、上手く笑えているだろうか。

「そうだなあ……外に行ったら、……妻の墓参りが一番かなあ」

 口に出した途端、窓の外が霞んで見えた。

「妻に、会いに行かないと、なあ」

 何かの音が、聞こえる。無機質な、規則正しい機械音。少しずつ、その規則性が、乱れてゆく。

「そう、妻が、待ってる」

 自分の声が、遠い。

 視界の端にいる彼女の顔から、先ほどの笑顔が消える。

 焦りの表情、何かを叫んでいる。

 返事をしているのに、何故、彼女はそんなに叫んでいるのか。口の動きから、自分の名前を呼ばれていることは解っていたのに、返事が、上手くできない。

「なあ」

 それなら、君にはこの声が届くのだろうか。

 炎天下の、あの墓の下に、君がいるのだろうか。何故か、そんなことを考えていた。君の墓の前に備えたあの花は、この暑さでやられてしまっただろうか。

「――さん! 聞こえますか!!」

 看護師の彼女の声が、一瞬聞こえた。けたたましく鳴る、コールの音と、何かの機械音。やってきた白衣の男性も、見慣れた人だった。

「ん、せ」

 上手く、声が出なかった。

 先生、妻ともども、今までお世話になりましたね。

 僕の声は聞こえただろうか。先生が、小さく首を振った。

「つま、が」

 きっと、この暑い空の下で、待ってるから。

「まって、る」

 だから、いってあげないと。

 きっと、外は暑いだろうから、君の差す日傘で、相合傘なんてしてみせて。


 ああ、外は、暑いなあ。

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