15min.

桃月ユイ

正しく刻むものとは


「はあ、最近流行の時計ですか」

 セールスにやってきた彼に対し、私は張ってない声で返した。すると彼は「おや?」と不思議そうに首を傾げた。

「興味ありませんか?」

「ないですね」

「もう少し反応をいただけると思ったのですが」

「はあ……」

 そう言われても。そう思いながら、私は目の前に差し出された時計を見た。

「最新型の時計です。何と言っても多機能! 高機能! 例えば耐水性。これは海底でも使用できるぐらいの強度を誇ります。そうそう、強度と言えば、この時計、象が踏んでも壊れない!」

「まず時計が象に踏まれる状況がないです。あと海底で時計を使う予定もないですし」

「はあ……困りましたねえ」

 セールスマンよ、運が悪かったな。心の中で彼を嘲笑いながら、私は作った苦笑を浮かべた。

「お客様は時計に困ってないんです?」

 困ってるのは君だろうに、と思いながらも私は彼の問いに答えようと思った。

「今のところは。ずっと使っている時計がありますから」

 そう言って、服のポケットから懐中時計を取り出した。それを見た彼が、「おや」と声を上げる。

「これは珍しい。お客様のような若い方が持つような物とは思えませんね」

「まあ、譲り受けたものですが」

「ご家族から?」

「ええ」

 そして、懐中時計の蓋を開くと、アナログ式の時計が姿を見せた。黒い針が、規則正しく秒を、分を、時を刻む。

「……亡くなった父、からの、ものです。正直、今はこの時計以外を身につけようなんて、思えないんです」

「……それは、それは……」

 私の言葉に、彼は低い声で返事をした。少しだけ、彼の声は震えていた。

「それは、失礼しました。また、お客様が時計に困った時に声をおかけください。懐中時計の修理も、当店対応しておりますので」

「ありがとうございます」

「いえいえ。それでは失礼します」

 深々と礼をして、セールスマンは玄関から去った。扉が閉まると、部屋の奥から携帯電話の着信音が鳴り響いた。私は慌てて部屋に戻り、携帯電話を手に取った。着信相手を確認して、通話ボタンを押す。

「あ、もしもし? あ、うん、お父さん? え? あ、今ちょっと面倒なセールスが来て電話出るの遅くなっちゃったー。ごめんごめん」

 部屋のソファにどさり、と座り込みながら私は電話をする。服のポケットからぽろり、と落ちた懐中時計の裏面にはアニメの制作会社の名前が刻まれていた。

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