第2話 山荘旅館 非連続性殺人事件 (10)

 翌朝、宿で唯一の連絡手段である固定電話に連絡が掛かってくる。

 どうやら吊り橋が直ったらしい。我々はようやくこの陸の孤島から脱出できる


 しかし電波の入らない僻地へきちというのは、つらかった。

 スマートフォンがまるで役に立たず、そうなると時間が湯水のように余る。

 僕は暇つぶしにテニス部の人たちとトランプを興じた。最初のうちはとても楽しかったのだが、膨大な時間の前にはそれも無力で最後の方は飽きていた。

 いつもはスマートフォンに、いかに時間を食い潰されているのかを思い知った夜でもあった。


 帰りの吊り橋の上でも、うちの先生が揺れるように大きく歩く。

 僕は怖がり、手すりにつかまりながら、背を縮めて小さく歩く。

 うちの先生は高いところは全く怖くないようだ、僕の怖がる様子を見てさらに大きく橋を揺する。

 調子に乗りすぎだ、そのまま足を滑らせて落ちてしまえば良いのに。


 僕の願いはむなしく、探偵は何事もなく橋を渡りきり、我々は無事に事務所へと返った。




 あの山荘旅館の事件から二週間ほど立った。

 殺人事件などそうそうは起きない。依頼の来ない平穏な事務所で、僕は相変わらず雑務をこなす。


 事務所の掃除の途中にスマートフォンがなる。画面を見ると嵐山警部補からのメールが届いている。

 メールの内容は白葉しらはくんに関するものだった。


『例のあるき野市の山荘で起こった殺人事件だが、無事に裁判が終わったよ。

 白葉しらはくんが普段から虐待に近い体罰が行われていた事を示唆しさすると、未成年という事も考慮され、2ヶ月の更生施設での入所で済んだ。

 白葉くんの進路に関しても順調だ。大学の推薦が取り消される事はなかったよ。

 左手の障害にも、かなりの賠償金が支払われたし。リハビリの方も順調で、おおよその機能回復が望めるらしい』


 僕は手短に警部補に報告のお礼のメールを返し、この内容を先生に伝えた。


 するとうちの先生は、頬杖をつきながら、あまり興味がなさそうな感じで、こう返事を返す。

「まあ、順当な結果だな。嵐山警部補は推理は苦手だが、後処理だけは上手いからな」


 少し予想外の返事だった。まるっきり無能扱いしているのかと思いきや、以外と評価はしているらしい。意外な一面も見られた。


「だから我々は推理に集中さえすればいい、面倒な後処理は全てヤツに任せてしまえば良いからな」


 なるほど、嵐山警部補の扱い方は、そういう扱いなのか……

 警部補の苦労はこれから先も続きそうだ。



 僕なりにあの事件の事を思い返していると、ふと吊り橋の上の一件が頭に浮かんだ。

 あの件では、僕は少し根に持っている。

 うちの先生を『煙と馬鹿は高いところは好き』、そう冷やかす為に、僕は口を開いた。


「そういえば先生は高いところは平気なんですか?」


「ああ、探偵は崖から落ちても無事に生還できるからな」


 あきれた答えが返ってきた。


「まあ確かに、ホームズはモリアーティ教授に崖下に落とされても平気でしたが……

 そういえば先生はホームズを意識していますよね。あのインバネスコートもホームズからですよね?」


「え、ああ、ホームズ、そうホームズだよ」


 何やらはぐらかすような怪しい返事が返ってきた。

 もしかして世界を代表する、あの推理小説も適当にしか読んでないんじゃないだろうか?

 僕は探りを入れてみる。


「先生は推理小説の原点ともいえる、あの作品の作者が誰だったかは覚えてますよね?」


 この質問が分からないとすれば、それはあまりにも推理小説を冒涜ぼうとくしていると言えるだろう。


「ああ覚えているとも。

 ええと、そうだ! 作者は『江戸川コ○ン』だったな!」


 僕は生まれて初めて人を殴った。


 日本で殺人事件はそうそう起こらない。

 探偵事務所では、のどかなで平和な時間が流れて行く。

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害悪探偵 晴見直人 ~超常的な推理力がもたらすモノとは~ クロウクロウ @clawclaw

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