第2話 山荘旅館 非連続性殺人事件 (9)

 犯人と言われた白葉しらはくんは、それを否定する事もなく、ただうつむいていた。


「詳しい話をして下さい、自首を行えば減刑になりますよ」


 山荘のロビーに沈黙が流れ、時間だけ過ぎていく。

 白葉くんは動き出す気配が無い。やはり減刑だけでは自白する気にはならないのだろう。

 そこで僕は、過去に自らが犯してしまった罪を打ち明ける事にした。


「聞いて下さい。僕は虐待を受け続けていて、その仕返しに人をあやめてしまいました」


 テニス部一同が振り返り、一斉にこちらを向いた。

 それから僕はあの事件に至るまでの事情から、事件後にはどのように裁判で減刑されたかまでを、できるだけ細かく伝える。

 長い話しにもかかわらず、テニス部の人達は熱心にその話しを聞いてくれた。



 話しが終り、しばらくすると、


「あの出来事を言っちまえよ、大幅に減刑になるハズだ!」


 先ほどまでは容疑者だった矢川やがわくんが、白葉くんに何かの供述を催促する。

 どうやら事情を知っているようだ。


 矢川くんと白葉くんは何度か目配せをして、しばらく考えた後、ため息をつき。


「私がやりました」


 白葉くんが自白をしてくれた。どうやら僕の説得に応じてくれたようだ。

 僕は事件のいきさつを詳しく聞き出す。


「殺人を行うからには、何か理由があるんでしょう? 教えて下さい」


「我々テニス部員は、顧問の教師から体罰を受けておりました……」


「どのような体罰だったんでしょうか? 何か痣のような物証は体に残っていますか?」


「いいえ、そのような物は残っていません、ただ……」


「あの野郎の体罰で、白葉の左手には体罰で障害が残ったんです!」


 矢川くんが話しに割り込んできた。その表情は怒りに満ちており、声は上ずっている。


「……ええ、そうです。あの日以来、左手はあまり上手く動かせなくなりました」


 白葉くんが左手を握る。しかしその動作はぎこちなく、軽く震えていた。

 おそらく力もそんなに入らないのだろう。


「どのような体罰でした。痣などの後が残らないという話しですが」


 僕はその体罰の詳細を教えて貰う。


「……電気です。初めはたいした事はなく、静電気の走るおもちゃでした。

 テニスでちょっとミスをするとピリッと電気を流される罰ゲームのような物でした」


「ところがヤツは電気だと体罰の痕跡が残らない事に気がついた」

 矢川くんがこぶしを握り、悔しそうに言い放つ。


「そうです。だんだんと体罰はエスカレートして行き。

 私が2年生の大切な大会に負けたあの日、自作の昇圧回路を組み込んだバッテリーで電気を流されたんです。

 それ以来、左手はあまり上手く動かせなくなりました」


「……酷い」


 僕の口から思わず本音が飛び出てきた。

 それを聞いた白葉くんは僕のほうを見た後、話しを続けてくれた。


「私の実家はあまり裕福とは言えず、奨学金をもらって何とかやっています。

 この事を世間に喋ると、あの教師は『奨学金を取り消す』と脅してきました。

 それに黙っていれば『国立大学に推薦してやろう』とも……

 私はその条件を飲みました」


「脅迫もされていたんですね」


「ええ、ですがそれ自体は別に構いません。

 これで体罰が終われば、なんの問題がなかったのですが、新年度を迎えると今度は何も知らない一年生が対象となり、体罰がまた始まります。

 そこで私は体罰の痛みを身をもって知ってもらおうと、あのとき使われた昇圧回路をそのまま使い、罠を仕掛けました。

 痛みをしってもらえば、体罰が無くなると思ったのですが、それがまさかこんなことになるなんて……」


「なるほど分かりました。そういった理由なら減刑されますよ大丈夫です。

 嵐山警部補も、話しを聞いていましたよね?」


「ああ、もちろん聞いていた。

 そういった理由があるなら、おそらく大幅に減刑されるハズだ。

 未成年という事もあり、どんなに長くて半年、短ければ2ヶ月くらい更生施設に入れば、外に出てこられるだろう」


「大学推薦の話しはどうなりますかね。警部補どう思います?」


「うーむ。何とも言えないが、私の過去の経験から推測すると、高校側はこの事件を出来るだけ内密に解決したがるはずだ。

 高校側は穏便に事件を解決する為に、大学推薦は取り下げないと思う。

 彼は成績も優秀らしいし、今の時期なら大学の入学にも間に合う可能性が高い」


「左腕に残った障害はどうなりますか? 警察としてはどう出るんです?」


「左手の障害は、本事件とは別口で訴える事ができるよ。

 訴えて裁判沙汰となれば事件はおおやけになるだろうから、内密に済ませたい高校側は示談じだんに持ち込んでくる可能性が高い」


「白葉くんが裁判をすると学校側にチラつかせれば、多額の賠償金をもらえるわけですね」


「まあ、そうなると思う。もちろん事件を表沙汰にしたいのか、賠償金を多く貰いたいのかで行動は変わってくるが、白葉くんはどうしたい?」


「家は貧乏なので、出来れば賠償金の方がありがたいです。体罰を行った教師はもうこの世には居ないので、これ以上この心配をする必要もありませんし」


「わかった、ではまず障害の診察から入ろう。それに君はまだ若い、リハビリを行えば頑張り次第で機能の改善が図れると思うぞ」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 こうして事件に幕は下りた。

 以外にも嵐山警部補が頼もしい。



 一通り話しが落ち着き、僕は窓際で外を見ているうちの先生に声を掛ける。

 白葉くんから供述を聞き出すよう僕に仕事を任せたのは、同じような境遇の立場の者なら自供を聞き出せると考えたからに違いない。

 うちの先生もなかなかのやり手だ、隅には置けない。


「えっ、何? 動機は決まった?」


「今までの話しは聞いてなかったんですか?」


「あぁ、まあ聞いていない箇所もあった。で何だったんだ?」


 あきれた、この様子だと全く聞いていなかったようだ。

 うちの先生を買いかぶり過ぎた、事後の処理の事などはやはり考慮していない。ただ面倒なので僕に押しつけただけのようだ。

 やはりこの人は犯人の追求にしか関心が無いらしい。


 しょうがないので、僕はここまでの要点をまとめて話しをする。


「被害者である教師は日ごろから体罰をくり返していました。

 ある日、白葉くんの左手に後遺症が残るような重い体罰を行います。

 教師は保身の為、大学推薦を餌としてこの事を黙っているように取引します。

 白葉くんは取引を承諾して黙っていることにしました。

 体罰は一端は収まります。ところが年度をまたいで新入生が入ってくると、また体罰が始まります。

 白葉くんは、身を以て痛みを知ってもらう為に……」


「ちょっと待ってくれ、動機がかなり長いな。もっとシンプルにまとめておいてくれ」


「……ええと、普段の行いが悪い教師に天誅てんちゅうが下りました」


「なるほど。分かりやすいな。まあ天誅なら仕方ないか」


 うちの先生はこの適当な説明に納得したようだ。

 もともと動機には興味がないのだから、どうでも良いのだろう。




 事件を解決した探偵は意気揚々いきようようと引き上げようとする。

 ところが、もちろん吊り橋は落ちていて渡れない。


「なんという事だ、橋がまだ直っていない」


「ええ、まだ修理の手配中なんでしょう」


「いや違うな、事件が解決していないから、ここから出られないのだ!」


「一瞬で橋が直るとか、そんなゲームみたいな都合の良い展開は起こりませんよ。

 ともかく一端、宿にもどりましょう」


「そうだな、事件はまだ収拾していない。今度は誰が死ぬのか楽しみだ」


 我々は宿に留まり、一晩お世話になった。

 もちろん新たな被害者が出る事はなかった。

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