第2話 山荘旅館 非連続性殺人事件 (7)
轟音のような雨音は、すこしだけ小さくなってきたようだ。
「さて、この雨で帰り道はどうなっただろう。心配だ」
嵐山警部補が再びぼやく。すると、
「いいですよ、僕が見てきますよ」
柳沢くんは投げやりに言い放つ。どうやら自暴自棄に
「死にに行くのか。まあそれも良いだろう。あらたな被害者が出れば嫌でも事件は盛り上がるものだ」
うちの先生が容赦なく、その自暴自棄に追い打ちをかけた。
「はいはい、もうわかりました。見てきます」
柳沢くんが雨具に手をかけ、外に出ようとしたときだ。
「これ以上被害者が出ては困ります。私が付き添います」
嵐山警部補が名乗り出て、同行する事になった。
なるほど、二人組になれば話が変わってくる。
一人では崖下に落ちて死んでしまうようなシーンでも、二人組になると滑落しても、何故か足をくじいたくらいの軽傷で済んでしまう事が多い。
まして警部補が付き添うとなれば安全だ。新たな被害者が出ることはないだろう。それどころか、もしかしたら何か決定的な証拠を発見して返ってくるかもしれない。
柳沢くんと嵐山警部補が出かけていき、しばらく時間が流れる。
しばらくすると二人は何事も無く無事に帰ってきた。
だが、柳沢くんの様子がおかしい、あきらかに焦りが感じられる。
彼はロビーに付くなり、我々に向けて大声でこう告げた。
「橋が、橋が落ちてました」
「なんだって!」
この場に居る一同が動揺が走る。
もちろん僕は橋を落とした真犯人が誰だか知っている。
「そうかわかったぞ、犯人が橋落としたんだ」
うちの先生が適当な事を語り出した。
「なぜ、そんな事をするんでしょうか?」
それに僕が話しを合わせる。
「これは閉じ込めて皆殺しにする気だな、ここに居る人間は生きては帰れないかもしれない」
全くのデタラメだが、これは犯人をあぶり出すにはちょうど良いかもしれない。
沈黙と緊張が辺りに漂う。すると一人の生徒が急に立ち上がって叫ぶ。
「うぁぁぁぁ~、俺たちは皆殺しだ。生きて帰れないんだ」
生徒の一人が緊張に耐えられなくなり、近くにおいてあったペーパーナイフをつかんで我々に刃先を向けた。
「よさないか、落ち着いて、みんなでここに居れば大丈夫だ」
嵐山警部補がなんとか落ち着かせようとする。
「彼の名前は?」
うちの先生はこの状況に全く意に介さず、嵐山警部補に質問をする。
嵐山警部補はこんな時に何を言っているんだろうと、渋い顔をしながらこう答えた。
「彼の名前は、
そう続けようとした時、またもや発言を遮って、
「彼は犯人ではありません」
ペーパーナイフを両手で握り、今にも誰かを刺そうとする勢いだが。
そんな本人を目の前に、探偵は犯人では無いと言い切った。
「なぜなんでしょう?」
僕は疑問に思い質問をする。
「ペーパーナイフでは怪我くらいは負わせられるだろうが、人は殺せない」
先生からもっともな反論が返ってくる。たしかにそうだ。でもこうった説も考えられる。
「犯人が小心者の振りをして、取り乱した芝居をします。
わざとそのような行動を取る事で、傷害未遂の罪にはなるかもしれませんが、殺人の容疑者リストから外れる事ができるかもしれません。
そこの所はどうなんでしょうか?」
僕は持論を述べる。
障害未遂の罪で、殺人の罪がチャラに出来るなら安い物だ。
すると先生はこう答えた。
「くり返すが、この場面で犯人がペーパーナイフを握るという事はありえない。
この部屋には殺人犯にふさわしい凶器があるじゃあないか。
真犯人なら迷わずその凶器を手に取ってしまうハズだ」
そう言われて、僕は部屋を見渡してみる。
ロビーとリビングを兼ねたこの部屋にはあまり物を置いていない。
置いて有る家具は、2メートル弱のスタンド型のコート掛け、背の低い本棚とテーブルとソファーくらいだ。
本棚には、地元の観光地のパンフレットと、高そうに見えるウイスキーのボトル。
他には魚の彫刻の入った、おそらく釣りか何かの大会でもらったであろうトロフィー。
ソファーの前のテーブルには安っぽいアルマイト製の金属の灰皿くらいしか見当たらない。
ほかに凶器になりそうな物は見当たらない。むしろペーパーナイフが唯一の凶器と言ってもいいだろう。
「どれです? 僕にはわかりません?」
答えが分らない僕をからかうように、先生はもったい付けてこう言った。
「よく見るんだ。あるだろう、小説に出てくるとっておきの凶器が」
僕はもう一度部屋を見渡す。するとたしかにそこに凶器にふさわしいものがあった。
「そうか、わかりました! トロフィーですね」
「その通りだ、さすが我が弟子だ」
「どういう事なんでしょう?」
嵐山警部補がこのノリについて行けず、質問してくる。
「わかりました説明しましょう」
先生は流暢に語り始めた。
「こういった緊迫した場面で、突発的に殺人を起こしてしまう事があります。
殺人にはもちろん凶器が使われますが、突発的なので前もって用意した道具は使えず、この場にあるものが凶器となります。
そしてそれは、たまたま手に取りやすいもので、その形状にあたるものはトロフィーしか無いのです」
「いや、それだったらそこにあるコートかけでも、何でもいいんじゃないですかね?
トロフィーなんかより余程リーチがあり、殺傷力も高いですよ」
嵐山警部補は的確な反論をする。
「たしかに傷害罪になるならば何でもいいのですが、殺人犯となると話しは違ってきます。
殺人犯はなぜだかついつい手に取ってしまう凶器という物があります。
それは鈍器にちょうど良い大型の据え置き型のライター、なにかしらの因縁のあるトロフィー、それとガラス製の重たい灰皿です。
殺人犯だったら、これらのどれかを必ず手にしてしまうハズです」
ペーパーナイフを持った興奮状態にある飯橋くんに、睨みを利かせ探偵はこう断言をする。
「ここにあるのはトロフィーと灰皿のみ。灰皿は金属製の軽いものなので、必然的に手にしてしまう物はトロフィーしかありえないのです。
それなのに彼はペーパーナイフなどという出来損ないの凶器を選んでしまった。これではお話にならない」
たしかに、小説の中でこれらの鈍器が多く使われる。なかでも何故かトロフィーは断トツで多い気がする。
だが、この質問に現役の警部補が納得するかと言えば……
「たしかに、凶器といえばトロフィーしかありませんな」
嵐山警部補は納得したようだ。
「と言うわけで飯橋くん、今からそのペーパーナイフをトロフィーに持ち変えてみてはどうだろうか?
トロフィーだったら人が殺せる確率が跳ね上がるよ。さあさあ」
うちの先生がまた余計な一言を進言する。
「変な事を吹き込まないで下さい。飯橋くんもう大丈夫だから、ひとまず水でも飲んで落ち着こう」
その後、嵐山警部補は飯橋くんをなだめて、なんとか落ち着ける事に成功した。
容疑者リストから飯橋くんの名前が外れ、残りは二人となった。
しかし、ペーパーナイフとはいえ、凶器を手にした緊迫した場面にも関わらず、僕はそれを無視して平然と会話を進めてしまった。
僕もすこし普通では無くなってきているのかもしれない。
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