第2話 山荘旅館 非連続性殺人事件 (6)

 容疑者リストから一人が外れた頃だ。

 ポツポツと雨粒がロッジの窓を叩き始めた。

 山の天気は変わりやすい、小さな雨音はあっというまに轟音になり、嵐のような暴風雨へと変わってしまった。


「まいったな、帰り道は大丈夫だろうか?」


 嵐山らんざん警部補がため息交じりにつぶやいた。


「心配なら、僕が川の様子をちょっと見てきましょうか?」


 容疑者の中から、少し気弱そうなメガネをかけた少年が名乗り出る。


「それは一人で外に出るという事ですか?」


 うちの先生が確認をする。


「ええ、そうですが。それが何か?」


 気弱そうな生徒は『なんでそんな事を聞くのだろうか?』と訳が分らず、不思議そうに答えた。

 その言葉を受け、探偵は大きなため息をつき、頭を抱えながらこう言った。


「今のこの状況を分っていますか?

 山荘のロッジで、土砂降りの雨の中、一人で外に出るんですよ。

 これは、台風の最中さなかに田んぼの様子を見に行くようなものだ」


「僕は田舎にいたときは、台風の中でも何度も様子を見に行っていましたよ」


 生徒は素直な意見をのべた。


「……この生徒の名前は?」


柳沢やなぎさわ紀之のりゆき、1年生です、被害者との関係は……」


 嵐山警部補が、詳しい情報を語ろうとすると、うちの先生はそれを遮った。


「この生徒は犯人ではありません。こんなキチ○イに犯人が勤まるハズは無い」


「えっ……」


 柳沢くんは、唐突の批判とキチガ○扱いされて驚き、何も言葉が出てこない。

 周りも「なんだコイツ」と、柳沢くんよりも、むしろうちの先生の方をキ○ガイ扱いしている様子。

 室内には、なんとも言えない雰囲気が漂う。


 いたたまれない空気の中、僕が気を使って先生に質問をする。


「何故です先生? もう少し分りやすく解説をおねがいします」


「うむ、良いだろう。ここは山奥のロッジだ。しかも渓流のそばで崖がある」


「ええ、そうですね。かなり険しい崖でした」


「そんな立地条件で、雨の中、一人で川の様子を見に行く。

 これは足を滑らして滑落かつらくするか、犯人に背中を押されて滑落するかの二択しかない」


「いや、崖から落ちると決まった訳では……」


 僕は反論した。すると先生はこんな質問で返してきた。


「わかった。では聞くが刑事ドラマの中で、険しい崖のあるシーンが出てきたとする。

 そこで被害者が一人、雨の中を歩いているとしよう。

 さて、滑落する確率はどれくらいだと思う?」


「ほとんど100パーセントに近い確率で落ちると思います。そして死ぬでしょうね……」


「そうだろう。被害者が崖下で血まみれになって倒れている絵面えずらしか思い浮かばないだろう。

 この状況で一人で川の様子を見に行くようなヤツは、気の触れた自殺志願者に他なりません。

 つまり正気とは程遠い人物だ、気の狂った人物がまともなトリックを使った犯行が出来るハズが無い。

 したがって彼に犯人を務めることは不可能です」


 ……たしかに、こういった崖のある場所でロケをすると、ドラマでは必ず誰かが落ちる。

 だが、これは刑事ドラマではない。現役の殺人課の警部補はどのような反応を示すのだろうか?


「なるほど、言われてみればたしかにそうですな」


 嵐山警部補はこの推理に、またも納得したようだ。


 そればかりでは無い、他の部員もうちの先生の説明に納得してしまったようで、

「柳沢ってそんなにヤバいヤツだったのか」

「今度から少し距離を置いた方が良いな」

「おっかねぇー」


 柳沢くんには『正気とは程遠い人物』などといういわれれの無いレッテルが貼られてしまった。


「そんなぁ」


 柳沢は泣きそうな顔を浮かべている。

 外傷などは無いが、彼もある種の被害を受けた被害者に他ならないだろう。

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